思わず駆け寄る。わあーーーー!とお互いに声をあげて、ハグをし、両手を恋人繋ぎみたいに絡ませてぴょんぴょん飛んだ。やっと会えたやっと会えた、と言い合いながら、とりあえずマスクをズラしてハチ公を入れて自撮りをした。
ほら十分にかわいい、と言う真利亜ちゃんに、アプリだから、と言うと、みんなそんなもんでしょ、と笑った。
予約したよ、と言われていた美容に向かう。プリーツスカートに無地のロンTを合わせただけの、自分の微妙なダサさが気になる。友達同士でカットができるという美容院は駅のそばにありながら、知らないと見つからないだろうビルの6階だった。
エレベータを降りると、大理石風の壁に、ネオンサインでCANONとあった。施術後の髪型に褒め言葉が輪唱するイメージなのかもしれない。そうなるといいけどどうかな、と疑う。
いらっしゃいませ、と、迎えてくれた美容師さんは若く、ゆるいパーマがとても似合っている。
イスが白く、鏡が丸く、左右には女優ライトのような照明がついている。店内の壁の一部がピンク色になっていて、オレンジやブルーのヘアケア商品のボトルが並べられていた。
希望を聞かれても分からなくて、とりあえずまとまりやすいようなカットで、あと眉毛も…と小声で言った。隣の席で真利亜が、めちゃ前髪割れるからどうにかしたいし、伸びてきて外ハネしにくくなってて超困ってる、と美容師さんに言っていた。
担当してくれるのが男性なだけでちょっと緊張する。心の中では、かわいくないなぁとか思ってるんだろうな、と考えてしまう。前髪癖強めなので生かしてふんわりしたカットにしましょう、と言われて、私はただ頷いた。
シャンプー台がフルフラットで、アシスタントらしい女性が洗ってくれる。お湯をかけられてからずっと、とにかく気持ちがいい。シャンプーのほんのり甘い匂いが漂う。顔にかけられたガーゼ越しに、こっそりスーハ―スーハ―嗅ぎまくった。
顔にタオルが巻かれると、顔がドヤァと鏡に映されて萎える。ちらりと隣を見ると、真利亜はタブレットで雑誌を読みながら、このサンダル欲しくない?と見せてきて、タオル頭なんて気にしていないようだった。
美容師さんが片手で2台のドライヤーを掴んで、指で髪をまっすぐに伸ばすように乾かしていく。後頭部から前に流すように乾かすと扱いやすいですよ、と優しく微笑んでくれた。私はさっきよりは大きめの声で、やってみます!と返した。
「かわいくなりますかね、私でも。上京してきて、友達も少ないし、なんか女子力低くて自信なくて」
ぽつりと言うと、美容師さんが鏡越しに私をじっと見る。見んで~やめて~、と心の中で叫ぶ。
「女子力ってかわいいってことなんですかね?」
え? と返すと、美容師さんが毛先にハサミを入れながら続ける。
「見た目が女子力ってちょっと違うかなって。僕は。自分がいいと思う髪や顔ならいいと思うし、言っちゃえば見た目よりも生き方っていうのが大事っていうか。女子って言うよりガールやウーマンだし、力って言うよりパワーっていうか。男も同じで。もっと自分に自信持っていいんじゃないかと思いますけどね。お客さんにもパワーあると思うし、素敵ですよ」
素敵ですよ、と言われても、はいと言えず、ああああありがとうございます、と気持ちの悪い返事になって、キョドってますねと笑われた。
真利亜はきっとそういう人なんだ、と思った。オーラなんて言い方が合ってるか分からないけど、雰囲気に内面のかっこよさが出てる。カットを終えて私を見ながらニヤニヤしているけれど、なんだか楽しそうだ。
ワックスでセットされた前髪は、癖のまま束感がでた。遊ばせてる感じが今っぽい。毛先をアイロンで巻いてもらうと一気に小慣れた気がする。真利亜は前髪をゆるく横に流していてオシャレさが増していた。
最後に眉毛をカットして、軽くメイクをしてもらう。眉マスカラをするだけで目のまわりが明るく見え、チークは血色感をプラスする程度でリップは輪郭をくっきりと描かれた。別人みたい、と心が躍った。
会計で5500円を支払うと、新規来店サービスでホームケアのトリートメントをくれた。ノベルティで半透明のソーダ色のサコッシュをもらった。真利亜に言われて斜め掛けにすると、ただの地味がシンプルに変わり、サコッシュが全身に明るさをくれた。
こうなりたい、みたいのが出てきたらまた来てくださいね、と美容師さんがお辞儀をした。
帰りのエレベータの中で、真利亜と鏡に映った姿を動画で撮った。一緒にヘアカットした~と声入りで。マスクをしていてもめちゃ笑顔なのが分かって、加工なしでそのままインスタストーリーに載せた。