「歩くんもうそんな年ですか! 抱っこしながらカットしてた頃が懐かしいですね」
「あったわねー、大人しく寝てたのに途中で起きちゃってね――」
二人は懐かしそうに笑い合い、感慨深げに頷きあったりしている。『絢子さん』と呼ばれる母が新鮮で、気恥ずかしいような落ち着かない気持ちにさせる。
「そう言えば、どうでしたこのカラー? 璃子ちゃんのオッケーでました?」
川原さんは私と母を交互に見ながら心配そうに尋ねる。
「そうそう、珍しく璃子が褒めてくれたのよ! だから、今日はリタッチでお願いします」
「えっ、璃子ちゃんのお褒めに預かれたんですか? 嬉しい!」
「いや、褒めたというほどでは……」
美容師さんを前に強く否定することもできず、勝手に盛り上がる二人にやんわりと釘を指す。
「あれは璃子なりの最上級の褒め言葉でしょ。ダメなときはバサッとやられるからね」
「あー思い出します! 絢子さん思い切ってショートにしたとき、璃子ちゃん泣き出しちゃって! お姫様みたいなママの長い髪が好きだったのにって。あの時は本当申し訳なくって」
「川原さんは悪くないのよ。私がお願いしたんだから。璃子覚えてる?」
私は大きくかぶりをふった。私が泣いた? いや、その前にさらさらロングヘアが自慢の母のショートカット姿は想像もつかない。
「絢子さん、あれ以来ずっとロングですもんね。璃子ちゃんに怒られるからって妊娠中もちゃんと手入れされてましたし、尊敬しますよ」
「厳しい娘のおかげです」
二人はふふふっと微笑みあって二人しか知らない私の話をしている。そもそも、母はこんなにお喋りだったっけ。友逹からはクールだなんて評されることもある母は家の外ではわりと物静かだ。なのに、今日の母はなんだか別人みたいにはしゃいでいる。
「じゃぁ先に絢子さんシャンプー台どうぞ」
もう一人の店員さんに連れられて母は店内奥に消えていった。必然的に川原さんと二人取り残されてしまった私は急にどぎまぎしてしまう。
「璃子ちゃん今日は来てくれてありがとうございます。絢子さんが言ってたとおりよく似てるわね」
私の緊張を解きほぐすように優しく語りかけながら、川原さんが私の髪にそっと触れた瞬間、私は逃げ出したいような恥ずかしさで俯いた。私は母に似てなんかいない。特にこのてんでバラバラに伸びる髪の毛は母のまっすぐしなやかな髪とは違い少しも私の言うことをきいてくれないのだ。
「髪質も絢子さんそっくり。今はちょっと傷んでるけど、大丈夫、私に任せて」
そんなわけないっ! と思って顔をあげると鏡越しの川原さんは、先ほどとは違うプロの顔をして確信的に頷いた。
「カットの希望はありますか?」
「……あのっ……お母さんみたいなのって、無理ですか……」
川原さんの自信に乗せられるように私は長年の望みを口にした。こんな髪じゃ無理だと笑われるのは覚悟していた。
「任せて下さい。大得意です。なんせ璃子ちゃんが生まれる前から担当させて頂いてますから」
川原さんは、にこりと笑うと、サッと私にカットクロスをかけて、キラリと光る鋏を取り出した。
「璃子ちゃんが一緒の髪型にしたいって言ったこと聞いたら絢子さん喜ぶと思いますよ」
川原さんは嬉しそうに話しながらも、丁寧に、でも迷いなく私の傷んだ髪の毛を削ぎ落としていく。
「母はいつもここではあんなに楽しそうなんですか?」
「そうですね、絢子さんとお話ししてるとこっちも楽しくなっちゃいます。絢子さんいつもここで璃子ちゃんと歩くんの話をしてくれるんですよ。だから、璃子ちゃんとも久しぶりに会った気がしないくらい」
「母が私たちの話をですか……?」
母は何を話しているんだろう。普段は言えない愚痴だろうか。父がいない分溜め込んでいる苦労はひとつやふたつじゃないだろう。