「やっぱり会いたいって!」
「だったらどうするんですか」
「分からん……。あっ、それと舞衣ちゃん、エレガントなイメージで緩めに巻いといて」
「焦ってても業務のことは伝えてくるあたり流石です」
必要なことはまずは確認。これはこちらから伝えるというよりは、どちらかが気付く形にしないといけない。
「とりあえず初恋の人か匂わせてみたらどうですか?」
――それだ!
眉間にシワを寄せた僕を見かねただろう。弥月は僕のアシスタントになってからもう1年くらいになる。いつも僕が何を考えているのか先読みしてくれる優秀な美容師だ。
「よし、やってみよう」
美容師の定位置に戻りながら、良い匂いのする質問を探し、頭をフル回転させる。
「ごめんごめん」
いつも通り慣れた手付きでシェーバーを取り、ブーンと音を鳴らし首元にあてがう。
「またさっきの話だけどさ、初恋の子ってなんていう名前だったの?」
キタ。我ながら素晴らしい問いだ。初恋の人について確信に触れつつ、自分から気付いていくためのスタートを切った。いつもよりシェーバーを持つ手が小躍りし始めているが、表情はいつも通り。ポーカーフェイスでいることもプロの美容師としての技術だ。
「それが子供の頃だったんで名前も聞かないで遊んでたんですよね」
「ああ……まあ、子供の頃だしね」
残念な気持ちが表情に出ていないことを鏡で確認をする。よし、笑顔は崩れていない。
「あっ、でも一回お母さんが呼びに来て、名前を呼んでたような……」
「それ! なんて呼んでた?!」
明らかに食いついてしまったが関係ない。これで全て分かる。さすがに同じ名前の女の子が全然関係ない人物の初恋の人として登場することはないだろう。
「ああ、えーっと、確か、ま……」
「それ舞衣でしょ!」
「はい?」
子供の頃に一度聞いたくらいじゃ覚えていないか。チラリと舞衣ちゃんの方を確認すると、鏡越しに僕の顔を見たがすぐにスマホの方に視線を戻した。それはそうだ。自分の名前が急に出てきたら思わず見てしまうだろう。しかし、見てほしいのは僕の顔ではなく、町川君の顔だ。子供の頃だから面影くらいしか残っていないだろうが気付いてくれる可能性もある。
「んー、10年位前なんで分かんないですね。でもそんなような名前だった気がします」
やはりこれくらいじゃ無理なようだ。
「巻いていきますね」
隣に来た弥月が舞衣ちゃんの髪を巻き始める。ここは舞衣ちゃんの方から攻めて貰おう。弥月の方がきっとこういうことは僕よりも上手のはずだ。
さすが先読みの弥月。熱心線を送る僕に気付き、意図を汲み取ってくれたのだろう。首を傾げつつ、舞衣ちゃんに視線を戻す。
「えーっと、舞衣ちゃん、前に初恋の人の話してくれたじゃないですか。ほらっ、公園で出会った男の子の話。その子とはどうなったんですか?」
「ああ、私、転校したんですよね。でも転校するって言えないまま転校しちゃって、もうそこから地元戻ってないので会えてないですね」
キタコレ。ほぼ間違いないだろう。思わずガッツポーズしそうになったが、シェーバーから手は離さなかった。
「そうだったんですね。ちなみに舞衣ちゃんどこから引っ越したんですか?」
「名古屋からですね」
「名古屋!」