スナックに行くとそこには、相変わらず涼し気な印象を与えるめぐみの姿があった。男はめぐみの顔を見るとなんだかそれだけで安心し、いつものようにカウンターの隅に座ると枝豆を注文した。しかし、男はここにきてなんだか気おくれしてしまって、なかなか花を渡せない。このままただの客として顔を見に来られるだけで幸せなのではないか。この年で、これ以上の幸せを望むのは贅沢なのか。そう自問しているうちにとうとう枝豆をすべて食べ終えてしまって、そのままいつものように会計を済ませてしまうと男は肩を落としながら店を出た。外に出るとネオンの光に酔っ払いたちの陽気な笑い声がこだましている。今の男にはそのどれもがお前は部外者だと言っているように聞こえた。もういっそここに来るのはやめてしまおう。そう思ったその時だった。
「お客さん忘れ物。」
後ろから聞き覚えのある声がしたので振り返ると、さっき店にいためぐみが男の忘れたハンカチをもって目の前にいるのであった。
男は手渡されたハンカチと、めぐみとを交互に見てからやっと状況を飲み込むと急いでハンカチを受けとり礼をいった。めぐみは終始笑顔で、「また来てくださいね」と声をかけると店の方へと戻っていく。その時男の頭に、明日香の「恋に年齢は関係ないですよー」と言う顔が浮かんでいた。そしてあの日の明日香の恋愛話を語る時の楽しそうな顔。そんな明日香の様子を思い出しいてくるとなんだか力が沸いてくる。ああ、恋とはもっとひたむきであっていいのだ。卑屈になっていた自分に年齢は関係ないともう一度言い聞かせてみる。恋に年齢は関係ない。
男は勇気を振り絞るとめぐみの名を呼びとめた。そしてめぐみが振り返ったと同時に男は青いバラを手渡した。だが、なんと言ってよいやら言葉がでてこない。
「もらってもいいんですか。」
そういうめぐみの言葉にうなずくのがやっとの男をしり目に、めぐみは珍しいその青いバラを目の前に、「まあ綺麗!」と無邪気に喜んでいた。
しかし、めぐみの表情がなんだか急に暗くなり、男の方を寂しそうに見つめた。
「でも、青い花って綺麗だけど、別れの意味があるって聞いたことがあります。もしかしてもうお店に来ないおつもりですか?」
男はぎくりとした。まさかそんな意味があるとは思いもしなかったのである。
「だったら私受け取れません。」
男は急いで首を横に振った。しかし、なおもめぐみは悲しそうな表情でこっちを見ている。もうここまで来たら言うしかない。
「めぐみさん。好きです。受け取ってください」
めぐみは青いバラを笑顔でうけとった。
男は次の休日、蒲田の東急デパートの屋上にある遊園地にいた。
一人、ではない。あの青いバラを渡した後、念願叶ってめでたく男はめぐみとデートの約束をすることができたのだ。では、やっと二人で、しかし、男は自販機でなぜか四人分の飲み物を買っている。一つはお茶、一つは炭酸水、一つはオレンジジュース、そしてもうひとつ、温かいお茶。
「ママー観覧車乗るー。」
「はーい。いってらっしゃい。ここで待ってるから気を付けてね。」
そういうと、青い服を着た小さな女の子がベンチから観覧車の方へとかけていく。
「‘あおい’は乗り物が大好きなんですよ。急に連れてきちゃってごめんなさいね。」