恋、と言われて男の中で何かが腑に落ちて行くのを感じた。今まで、こんな自分の分際でと、何となく躊躇していたその言葉を今とうとう目の前に突き出されてしまうと、もう見ない ふりをするわけにはいかなかった。男は、これは恋なんだとようやく自覚すると同時に、明日香の前でめぐみのこともその出会いのことや思いまでもをすべてぶちまけてしまっていた。すべて話し終わった後に、男はしまったと思ったが、明日香はなおもまっすぐなまなざしを男に向けたまま「やっぱり」とつぶやいた。
「やっぱり、恋だったんですね。みんなはありえないって言ってたけど、私だけはわかってましたよ。」
そういうと、明日香は2杯目のモヒートを注文した。
「ていうか、めっちゃ素敵じゃないですかー!恋に年齢関係ないですよ!私の彼氏も 7 つ上なんです。自分のお店持つために今日本料理屋さんで修業中でー」
先ほど話を聞いていた時とは対照的にころころと変わる明日香の表情に目が回りそうになりながらも、男は明日香の話を聞きながら、自分の気持ちを誰かに肯定してもらえたことがうれしく、めずらしくハイボールを飲み干していた。
「女の人にはプレゼントですよ。プレゼントもらって嫌な人なんていませんからね。じゃあ頑張ってくださいねー!」
最後明日香からもらった言葉が家に帰った後の男の頭を反芻していた。
プレゼントかー。それにしても何を渡せばよいのだろう。めぐみに直接聞いてしまえばいいものを、男は考えこんでしまってなかなか寝付けない。そういえば、ある日いつものようにめぐみのいるスナックに行った時のこと、また例のごとくカウンターの一番隅に座って、枝豆を食べていた時のことだ。常連客なのか昔なじみなのかはわからないが、妙にめぐみになれなれしい客がいた時があった。浅黒い肌をしたその男は、何かフーテンのような恰好をしていて、何者なのかわからないが、昔から蒲田に住んでいたらしくここ最近いかに蒲田が変わったかをしきりに話していた。そして、話が途切れたかと思ったら袋の中から何かを取り出し、それをめぐみに手渡したのだ。それは、青いミニカーだった。
「まあいいんですか。いつも何かしらもらっちゃって」
「いやあ、いいんだよ。じゃあまた来るね。」
「‘あおい’が好きだからうれしいです。はい。ありがとうございました。また来てね」
そうして、男がかえっていった後もしばらくめぐみはその青いミニカーを大事そうにして いたのであった。あの青いミニカー。めぐみの嬉しそうな顔。あお。そういえばめぐみさんは‘あお’が好きだからうれしい。と言っていたな。なるほどめぐみさんは青が好きなのか。そうして、男は何かおかしいことに気が付くことなくそのまま眠りについてしまっていたのだった。
めぐみのいう‘あおい’とは、色の青の事ではなく紛れもなく人のことである。それもいったい誰の事かというと、青いミニカーと言えば子供のおもちゃ。子供。そう、めぐみには‘あおい’という名の子供がいたのであった。
だが、だからと言ってまだ男に見込みのないわけではなかった。なぜならば、めぐみはもうすでに旦那とは別れてシングルマザーだったからである。しかし、淡い恋心を抱いている男にとって、めぐみに子供がいると知ったらいったいどうなりことやら。
そうとは知らず、男は青いバラの前で何日も悩んでいたわけであるが、明日香にも職場でせかされ、とうとう花を買ってめぐみに渡す日がやってきたのだった。
「いらっしゃい。あら久しぶりですね。」