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『僕は行ったことがない』大葉区陸

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「疲れたァ」
「おなかすいたねぇ」
 空腹だけに思考がそれているのはわかるが、段々そこまでしてこのデパート内だけに固執する必要があるのだろうか、と疑問が僕の頭を埋め尽くしていく。
「ご飯にする? でも、本当にここだけと無理して済ませなくても、その気になれば他の場所でだって……」
「そのために車を出すの? それとも歩くの? それでわざわざ外を出歩いて特に店も見つからなかったら、それこそ無駄なリスクよ。それに」
 暑いわ。と言い放つ彼女にはありとあらゆる反論を何一つ許さぬ迫力があった。
「無理して他の場所行かなくてもいいよねぇー。逆に」
 幼い娘の補足がまた父親としての威厳を失わせる。まあそんなものとは元より無縁な男なので実際は気にもならないが。
 事実、デパート内のフロアにある飲食店という物で極端な外れを聞いたことはまず無い。個人事業の外にある店ならばむしろ当たり外れも大きいだろうが、そういう意味ではデパート内部の方が面倒さがない分むしろ僕向きの選択だろう。しかしそう思わせないのは、連れの妙にハイと言うか。真剣(シリアス)、とも呼べる精神状態のせいなのだが……あまり水を差すのも良くはないか、と思い直し僕らは飲食店のフロアへと向かう。空腹がやや速足を生み出しながら向かう。あまり並ぶようなのも嫌だな、と比較的すいている店を選んで入った。
 注文をしては浮かれるように食べる姿は、傍から見ていると家族団らんではある。が、注文をしながらも母親はどこか今後のフロアを回るタイミングを計測し、娘もその有様に乗り気で追従し、父親はそれをどこか遠巻きに引きつつも見ている。
……しかし心情を知っている親父目線でも中々に楽しそうなのだ、これが。我が子は間違いなくこの休日の外出を楽しんでいる。ならわざわざ横に居る戦術を組み立てる作戦参謀のような目つきした女性を止める理由も消えてしまう。とはいえ。折角の飯時でもあるのに、だ。
(料理の味わかっているのか君は……?)
 などと失礼なことを考えたその瞬間にちょうど、フォークが静止し。
「これ、もう一皿お願いできるかしら?」
……結局いつもより全員よく食べることになった。

 昼食と呼ばれるロスタイムを挟み、再開の後半戦。ここに至って全てのコーナーやフロアを回ってみるかという話になる。いや明言したわけではない。名目上は飽きが来るか来ないか、という話になっていたが、結局はより他の場所を全部見たいという欲求が家族の首をもたげてくる。そこそこの広さがこうして見るといっそ憎らしくも思えてきた。
 やがて子供向けの服や玩具のコーナーに行くと、折にふれて。
「私、あれほしい」
 との娘の言葉がぽつぽつと聴こえるようになる。僕と妻……二人は揃って、さてどうしようかとなった。買うということはある種「満足してしまう」ことにも通ずる。要はお開きのムードに傾いていく可能性があるのだ。しかし満足して終わるのならもうお終いにした方がいいんじゃないか、いやそれでいいのか? それに今すぐ買ってあげたところで直にもっと欲しい別の商品が出てくるんじゃないのか? そもそこまで家の子は多くの我侭を言う方だったか? むしろたまにはこれくらいポンと買ってやるべきでは……高速で思考が駆け巡る。
 時間にすればそれはほんの僅かの逡巡だったろう、と思う。やがて僕はできるだけ自然に……他にほしいものはないのかい? ちゃんと考えてそれが欲しいと思ったの? と、静かに問いかけた。元気な頷きと肯定が、小さな目線の笑顔と共に返ってくる。
 娘は非常にノリが良く、訳もわからない会話にも便乗する気質だが、こういう答えを軽々しく何度も翻す類の子ではない。そうか、と短く返し僕はレジへと向かう。妻もそれを止めようとはしない。
 望みを無闇やたらに叶えるべきではないにしろ、やはりできるだけ尊重してあげなければならない。そこに関しては、意地や遊びを抜きに優先すべき大事な部分だと僕たち夫婦は認識できていた。肩の力が抜けた感じで欲しいものをいくらかポツポツ買うと、妻もそこそこに落ち着いて来た。時間はゆるやかに、だが確実に過ぎていく。どこかバタバタした空気が、ほぐれたなと思った。

 屋上で観覧車に乗る娘を眺め、僕たちはビアガーデンで一息つく。そろそろ夜と言って良い時間帯だが、夏場ともなればそうそう日も沈みにくい。やや薄暗くなってきた中、あの子は小さくもしっかりと回転する観覧車から周囲の光景を眺めているのだろう。こちらは疲れ、下で休むことにしたが……まあ、一緒に乗っても良かったかもしれないな。

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