「飲まないのね?」
傍に座り、ジョッキを持った妻が聞いてくる。
「車あるからね。そこは流石にわかってるよ」
そこは気にしなきゃだめだよね、という返答は気軽な口調なものの、それは出かける時に車は安全運転でと釘を刺した際と同じ、冗談めいた要素が一切抜け落ちた――時折彼女が見せるあの顔をしていた。どうやら飲酒関係で多少なりとも心配と言うか、危惧はしていたらしい。そこいらは本当に怖いくらい注意を払っている。うん、僕もそこはちゃんと気にすべきだってことは理解している。でも怖い。
ちょっとした緊張感をごまかすためか、いや。僕は誰かにというより、独り言を呟くようにぽつりぽつり、と己が心情を吐露し始めた。
「僕さ。どこかに出かけたいとか、誰に自分から言ったこともないんだよ」
「だろうね。昔っから私の方が連れまわしていたし」
そこは彼女に苦労をかけたと思う。それに放っておくと外に出ないことが不健康なことくらい、僕にだってわかる。別に、そんなこと……子供の頃からわかっては、いたんだ。
「本当はね。親父やおふくろの方がどこかに連れて行ってやりたいとか、ああ。思っていたかもしれないんだよな」
「かもねぇ」
否定はしない。妻は静かにただ肯定するだけだ。僕のこの性分が悪いとも、こういう時に限って言わない。実際それがどうしても悪一辺倒だとは、僕自身思わない。あまり手のかからない子だったという自信はあるのだから。
でも、だ。それでもこうして家族でと出かけるというありふれた行為が。
「結構……来ると楽しいね」
「でしょ?」
認めざるを得まい。僕は出かけるという行為が面倒だ。だが……どこかで何かをするということ自体が嫌いなわけではないのだ。
妻は平然とビールを水を飲むが如く一杯飲み干し、満足げに少し艶めいた表情で僕を眺めるとやがて、流れるような手つきでどこかに電話をかけはじめた。
「あー、お義父さんですか? はいはい。来月はじめの日曜、おふたりを迎えに行きたいのですが……ええ、はい」
どうやら電話先は実家らしいが、急になにをやっているんだ、と僕が唖然としているなか話は明快に進み、さっさと通話を終わらせてしまう。僕はただ、間の抜けた顔を見せることしかできなかった。
「別に今から遅いってことはないでしょ?」
そうしれっと言い出す彼女を見て、そうだねと言いつつも、段々おかしくなってきた。笑いがこみ上げてくる。彼女もまた、得意げなにやにやとした顔を見せている。
「ま、デパートだけじゃなくてもいいわ。他にも近所に行ける場所はある。いくらでもね、どうにでもなるのよ人間」
自信満々に言う妻の姿に、僕は確かにと言うことしかできなかった。
そうこうしている内に風船を持った娘が戻ってきてどうしたの、と聞いてくる。僕はああなんでもないよと言いつつ……
「来月ね……」
己が子に静かに語りかける妻の姿に。
「第二回戦が始まるのよ」
今日のゲームが、まだ簡単な一度目の――始まりに過ぎないことを再確認した。