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『日の出通り商店街』蒔苗正樹

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 「そこの椅子使いな。」おじさんは机の前のキャスター付きの椅子を見て言った。自分は部屋にあるもう一つの丸い椅子に腰掛けている。踏み台に使えそうな椅子だ。
 机の上はきれいに片付いている。ケースが少し日に焼けた国語辞典、英和辞典が並び、隣にCDプレーヤー付きのデジタル時計が17時30分を表示している。椅子に座ると西日がちょうど顔に当たって眩しかった。
 「そこで勉強してんの見たことなかったよ。」そうおじさんは言ってから、ゆっくり立って窓を少し開けた。「ちょっと暑いな。」
 窓が開くと、外からたくさんの音がワッと入って来た。女の子達の賑やかな笑い声。魚屋だろうか、客を呼び込む威勢のいいダミ声。急ぎ足のハイヒールの音。自転車のベル。遠くから電車の音も聞こえた。
 「いんですか?息子さんの部屋に勝手に上がり込んで。」言われるがままに後をついて来たけれど、おじさんの気持ちを測りかねていた。ただ、さっきからちょっと何かが気持ちに引っかかっている。
 「いいんだ。息子は、ここん家に居ないんだ。」
 少し意外だった。
 アーム式の電気スタンドはホコリをかぶっていないし、机の上の鉛筆立てに乗った2本の鉛筆は一本がきちんと削られ、もう一本は芯が少し丸まっている。そこには人の気配があった。
 「息子はいっつもこっから外を見てた。日の出通りを見るのが大好きだったんだ。ある時こんなことを言ったよ。みんながみんなお父さんお母さんや家族やら仲間やらがいて、それぞれの生活があって、楽しかったり、悲しかったりして、通りを見ていてそんなことを考えると、胸がいっぱいになるってね。」
 「息子さんと仲良かったんですね。」
 「そうかも知れないな。」「いやっ、そうじゃないかも知れないし。」おじさんは何か考えているような顔をした。それから小さい声でつぶやいた。「コロッケ揚げられなくなっちゃうよな。そんなことで胸いっぱいになったら。」
 机のある反対側にはシンプルなベッドがあり、その近くの壁のフックには、見慣れたブレザーが掛かっているのが見えた。何か大事なことがわかりそうだった。
 「息子さん僕の…、あの、大成高校なんですね。」
 「卒業したのは5年も前だけど。…お兄さんも写真部なんだろ?」
 「はい…。」答えながら立ち上がり、吸い寄せられるようにベッドの隣の本棚に向かう。写真雑誌で一杯の本棚は胸ぐらいの高さで、その上に一枚の写真パネルが飾ってあった。
 さっきからの引っ掛かりがゆっくり溶けていく。
 「いい写真だろ。それ。八百屋のカッちゃん。あ、その写真に映ってるオヤジの方。それ見た時はカッちゃん大喜びさ。10倍くらいいい男に映ってるって。」
 それは、いつも部室で見ている写真と同じものだった。
 「静かな写真ですけど、生きてくことって、こういうことなんだってフワってわかるんです。」
 「ふーん。それって大事だと思うかい。」
 写真を撮ることが大事かって聞いてるのか、生きていくことの実感を大事かって聞いてるのかわからなかったけれど、僕はすぐに答えた。
 「僕は、こんないい写真撮れたことないので、ちゃんとはわかんないですけど。多分大事です。」
 おじさんは頷きながら写真パネルの横に重ねてあった十数枚の写真を手に取った。
 「家を出てから、1年に2、3枚かなあ。送られてくるんだ。」

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