おじさんから手渡された写真には、明らかに日本じゃない情景が写っている。東南アジアのどこかの国だろうか、決して身なりは綺麗じゃないけれど、生き生きと働く人達の姿が写っている。大きな荷物を背負う人、船の上で網を引く人、山と盛られた豆を売る人、スクーターに乗る人、子供と笑い合う人…。レンズの先の対象を愛おしむような眼差しは、どれも八百屋の写真に似ていた。
写真の裏にはそのまま切手が貼られ、平和精肉店の宛先が書かれてある。それ以外は送り主の名前すら書かれていなかった。
「そっけないだろ。」おじさんが言う。
「いや、いい人だと思います。」
「うん、そうなんだ。いいヤツなんだよ。でも、オレとおんなじでさあ、何か説明するのは苦手だし、なかなか頑固だし。」
窓の外、雨上がりの空はますます赤い。気づくと部屋の中は少し暗くなってきた。逆光のせいもあって、おじさんの表情ははっきり読み取れない。少し悲しそうにも見えるし、少し笑っているようにも見える。
帰る時、おばさんは試作品のコロッケをたくさん持たせてくれた。
「みんなに宣伝しときます。」
「頼んだよ。あ、そう言えば、まだお兄さんの名前聞いてなかったね。」
「トキオです。白井時生。」
「トキオは空を飛ぶ!」
「それ知ってます。うちの母さん沢田研二のファンだったって。」
「トキオ君、また遊びにおいで。」
「トキオでいいです。」奥の部屋でこっちを見ているおじさんにも聞こえるように言った。「また、手紙の写真見せてください。それから、今度はお店で写真撮らせてください。」
おじさんは手を挙げた。「いいってさ。」おばさんが言った。
商店街は会社帰りのサラリーマンやOLの時間だ。立ち飲みの焼き鳥屋が混雑し始める。
カズシからの着信が鳴る。
「部室戻って来ないから、怒ってんのかと思った。」
さっき腹が立っていた気持ちはもう跡形もなかった。「今まだ商店街なんだ。」
「え。店、休みじゃなかったの?」
「店は、休みだったんだけどね。…ところで、そっちはうまく写真撮れたの?」
一瞬沈黙した後カズシは言った。「あー。怒ってる人にカメラを向けるのは、火に油をそそぐって言うか…あまりよろしくないなと。まあ、うん。もう一度テーマ、練り直してもいいかなと他の二人と話してたところ。」
「ふーん、…わかった。じゃ、後で。」カズシの動揺はわかりやすい。最後まで事情を聞かなくても、何かやらかしたに違いないことはわかった。
テーマ。テーマは…。見に来た人が難しいこと考えずに、自然に笑顔になれるような展覧会がいいなと思った。そうしようとみんなに言おう。
だんだん通りの両側に並ぶ店の明かりが強さを増していく。それを見ていると何か泣きたいような気持ちになった。こういうのを幸せな気持ちっていうのかなあとぼんやり思った。道を急ぐOLさんも、買い物をするおばあちゃんも、寄り道するお店を物色するお父さんもみんなみんな幸せだったらいいなあと思った。その時ふとイシイシンヤに少しだけ近づけた気がした。うれしかった。