日の出通りに差し掛かった時、すぐ目の前を何かがビュンと通り過ぎた。と、向こうから「なんだよ!おい。なんだよ!」
反射的に自転車を避けた勢いで、肩にかけていたカメラが電柱にぶつかった。
怒鳴り声のする方に郵便配達の自転車が停まっている。「あっと、その。すみま…。」自分とそんなに変わらない年に見える郵便配達のお兄さんは、こちらをにらみながら、それでも急いでいるのか、「せん。」まで聞かずに、そのまますぐに自転車を漕ぎだした。怒ったお兄さんの顔に、反射的にシャッターチャンス!と思ってしまったが、さすがに思い止まった。
自転車の姿が角を曲がって見えなくなってから、ぶつけたカメラを恐る恐る点検した。外観に異常はなかったけれど、電源を入れて操作をするとオートズームが動かない。手動で動かそうとしても何か引っかかっているようでびくともしない。去年の夏休み、どこにも遊びに行かずにアルバイトを掛け持ちして、はじめて買った一眼レフだった。ズームボタンを押すと、シ…。シ…。引っかかるような音だけがする。スマホにメッセージをよこしたカズシを恨んだ。
〔今日って月曜日だよー。〕何のつもりなのか知らないけれど、そんなことはわかってる。そのメッセージを見たせいで自転車に気づかなかったのだ。
そもそも今ここにいるのは今度の写真展のためで、その写真展の企画を提案したのだってカズシだった。シ…。シ…。シ…。ちょっと間を置いてズームを試してみても、さっきと何も変わらない。だんだん腹が立ってきた。
部長のいつものまったりした司会で写真部企画会議は始まった。「それでは、なんかいいアイディアとかありますかぁ。教室一つ確保もできたわけだし、それなりのものにできればなぁって思うんで、みんなが足を止めてくれるような、そんなテーマで、そんな展示にできればなぁって思うんで。」
「実行委員会あんな渋ってたのに、よく教室もらえたもんだ。」ヒロヤが他人事のように言った。
部長は当たり前のように話してたけれど、展示教室の獲得に関しては相当粘ったらしい。文化祭実行委員の何人かはストーカーのように付きまとわれたらしいという話が飛び交っている。そんなあまり好ましくない噂も、我が部長はどこ吹く風で、鈍感なのか、一途なのか、いずれにしろこの件に関しては、かなり部長を見直した。何と言っても、僕たち写真部の展示は今年が最後になるかもしれないのだ。写真部存続のかすかな希望は、展示が話題になって…、写真をやってみたいという後輩が殺到とまでいかなくても、何人かが入部を申し込み……。
そんな妄想は、展示が話題になって…、という第一段階から、もはや難しいことはわかってるけれど、追い詰められた僕たちは、それを信じるしかなかった。
「やっぱ、女の子かなぁ。コスプレ写真なんか絶対ウケると思うんだけど。」というアニメオタクのヒロヤの発言。ヒロヤなりの一生懸命なのだが、いつも考えることは現実味が無く、地に足がついていない。
「モデルの当ては、どっかありますかねぇ。コスプレしてモデルになってくれるような女子が。私たちの、この写真部のために。」さりげなくトゲのある部長の一言が数秒の沈黙を生んだ。
その間を逃さず、どうもはじめから機会を伺っていたらしいカズシが一息で言った。「今の…世の中ってさ、怒りに満ちてると思うんだよね。“怒り”を展覧会のテーマにすると見る人達の気持ちに訴えることができるんじゃないかなぁ。ぐっと気持ちの奥底にね。」
ヒロヤと反対に、カズシが言うことには妙に説得力がある。後からよくよく考えると穴だらけの理屈でも、聴く人になる程と思わせるところがある。その後に続いた政治の信用失墜や災害の頻発に対するやり場のない怒りの話で、取り立てて考えを持ってなかったらしい部長のトモキと、コスプレ写真を諦めたヒロヤがカズシの支持を表明した。