繋がれた美南の手に翼は少し緊張していた。お礼をしたいと連れて来られたのはデパートにある屋上遊園地。平日のため人はいないに等しい。犬の散歩をしている老人や、ベビーカーで寝ている赤ちゃんを連れたママ友などがまばらにいるだけ。平和で落ち着いた雰囲気に、さっきまで悪者と戦っていたことが夢だったのではないかと翼は考えていた。
美南にベンチに座るように促され大人しく座っていた翼の元に、美南がジュースを買って戻ってきた。翼にジュースを手渡して隣に座る。
「今日は本当にありがとう」
美南は翼の方を向いて、手話でそう話した。美南の突然の手話に驚いた翼は、ジュースを横に置いて、初めて手話で美南に話しかける。
「手話、できるの?」
「少しだけね。前から練習してたんだ。翼くんと、話がしたくて」
そう言った美南の手話はたどたどしいけれど、翼は心から美南と会話できていることに喜んでいた。外じゃ誰とも話せないと思っていた。僕の伝えたいことなんて伝えられないものだと思っていた。けれど、今は誰かが僕と話したいと言ってくれている。その事実がとてつもなく嬉しかった。
「ちゃんとできてるかな?」
不安そうに翼の顔を覗きこむ美南に、翼は笑顔を向けた。
「できてるよ」
「よかった! じゃあさ、わたしが今まで翼くんに伝えたかったこと、今から伝えてもいい?」
何を言われるのだろう。翼はじっと美南を見つめた。美南はゆっくりと、手と口を動かし始めた。
「わたしね、小さいころから友達をつくるのがすごく苦手だったんだ。人と話そうとすると、すごく緊張しちゃって上手く話せなくて。だから学校とかに友達もあんまりいないし」
それは意外だ、と翼は首を傾げた。可愛い顔してるし、美南にはいつだって明るい人だというイメージがあったからだ。いつだって笑顔の印象しかないのに、どうして。
「でね、両親がそんなんじゃ社会出られないわよって、お店の前でチラシ配って人に慣れなさいって。結構初めは辛かったんだよね。声出せないし、受け取ってくれなかったりもして。心が折れちゃいそうだった。でもその時にね、翼くんと初めて会ったの」
いつが初めましてだっけ、と翼は記憶をたどるように目を細めた。
「知ってるかな? 翼くんは商店街の人から愛されてて、いるだけでいつの間にかみんなを笑顔にしちゃうだよ。本当にすごいなーって思った。話したりしなくても、言葉が無くても人とコミュニケーションって取れるんだなって」
憧れの人を思い浮かべるような、そんな顔で美南は語り続ける。
「わたしも仲良くなりたいって思って、アメなんかあげたりして」
「アメ貰えるの、いつも楽しみにしたんだ」
「本当? 嬉しい! わたしはいつも翼くんに会うのを楽しみにしてたよ。今日はどんな顔するんだろ、喜んでくれるかなって。わたし初めて思ったんだもん。友達になりたいって。会話がしたいって。わたし16歳だし、もう高校生だけど、翼くん友達になってくれる? 」
翼は驚いていた。年が離れていても、美南と話しているのが楽しかった。それは保育園でも友達、と呼べる人が翼にもいなかったからだ。普段は周りの子たちと同じようにできない会話が、美南とはできている。普通に、普通の子と同じように話せている。それがとても嬉しかった。