手下がやられたことに怒っている怪物は、ボードを投げ捨てるとさらに新しいボードを後ろから出した。
「おまえたち、うごけなくしてやる!!」
そう書かれたボードも投げ捨て、怪物が翼の方へ向かって来た。倒れたまま、心配そうに翼を見つめる美南を横目に、翼は剣を振り上げる。だが怪物には当たらない。もう1度振り上げて立ち向かうが、それも避けられてしまった。避けられた勢いで、翼は地面にうつぶせにして転んだ。勝てない、倒せない。そう思うと急に怖さが襲ってきて立ち上がれなくなった。怪物を見たくなくて、地面に倒れたまま顔を伏せる翼。脳裏には尚樹に言われた言葉が蘇る。やっぱり僕はヒーローになんてなれないんだ。握った拳に涙がぽつりと落ちる。その時だった、翼の目の前にボードが差し込まれた。
「きみはだれよりも、つよい」
顔を上げると、ブルーが拳を握りしめて目の前にしゃがんでいた。翼は剣を握り締める。僕はつよい。僕はヒーローだ。その言葉を心の中で唱えて翼はゆっくりと立ち上がった。
「!!」
後ろを振り向くと、パン屋の夫婦や八百屋のおじさん、さっきまで悪者にやられていた商店街の人々が翼の後ろに並んでいた。全員が拳を握りしめて翼を見守っている。みんなが翼を応援してくれているんだと、翼には伝わった。商店街の人々の想いを胸に、翼は怪物に向き直る。汗ばんだ両手で剣をしっかりと握り締めた。
「いけー!」
翼の背中を見守る人々が叫ぶ。翼にその声は届かないが、その熱が伝わっていることを全員が信じていた。その気持ちに応えるように翼は剣を構えて怪物に向かって走り出す。
「わぁー!!!」
翼は無意識のうちに声を上げていた。剣が怪物の胴体に直撃する。よろめく怪物に、何度も何度も剣を振り上げた。跳ね返されても立ち上がって怪物に向かった。音の無い世界に、人々の応援の言葉が聞こえた気がした。やがて怪獣は地面に倒れて、翼の足元で動かなくなった。倒せた。この商店街をめちゃくちゃにしようとした悪者を倒せた。翼は子どもらしく両手を大きく掲げガッツポーズをした。その瞬間、周りがわっと湧き、商店街の人々が翼を囲む様に集まった。全員が吹き出しのボードを持っていて、様々な翼に対する感謝の言葉が書かれている。翼はそのボードと人をよく見る。
「さいこうのヒーローだ」
「せかいで1ばんかっこよかったよ」
「まもってくれてありがとう」
僕は、助けることができた。みんなを、この商店街を。そう思うと誇らしいと同時に照れくさい気持ちを覚えた。耳が聞こえないことで注目をされたことはあるけれど、こんなにも暖かい注目をされることなんて無かったから。翼は手話をつかい、「ありがとう」と人々に伝える。
「つばさくん」
美南が翼の肩を叩いた。
「たすけてくれてありがとう」
翼は美南が掲げたボードを目で追う。
「ぜひ、おれいをさせてください」
そう言った美南の笑顔に、翼は照れを隠す様に俯いた。