翼は手話をしながら、口を動かし「こんにちは」と挨拶する。すると、おじさんの後ろから突然何かが現れた。翼は驚きでおじさんから離れる。そこには、ヒーロー番組でよく見る全身を黒いタイツで覆った悪者が3体居て、おじさんを後ろから抱きとめる様に拘束して動けなくしていた。おじさんはかろうじて動かせる手でボード裏返し、顔の横に掲げる。
「つばさくん、たすけて」
ボードに書かれた文字を見た翼は、剣を握る手に力を込めた。このタイツたちは下っ端で弱いということは、これまで見てきたヒーロー番組のおかげで理解している。他の2体がパン屋の方へ行き、乱暴におばさんを連れて出て来た。僕がやらないと……。怖がるおじさんとおばさんを目にし、翼は覚悟を決め悪者へと走って行く。翼の掲げた剣はおじさんを拘束していた悪者の足に直撃した。倒れた悪者はじたばたと痛がっている。次はおばさんを助けなくては。翼はおばさんを拘束している2体に剣を振り上げた。一撃ずつ食らった悪者は、のけぞりながらその場に倒れた。翼は小さくガッツポーズをする。だがその矢先、また多くの悪者が現れた。その数7体。全身黒タイツの悪者は、飛び跳ねる様に動きながら、様々なお店を邪魔しにいく。僕が倒さないと……。そうは思うが、数の多さに足がすくんでしまう翼。お店からはどんどんと店主が追い出されていく。みんな翼とは顔馴染で、よくしてくれている人たちだ。
八百屋の強面のおじさんは翼が来るといつも、割り箸に刺したカットフルーツをおまけにくれる。そのおじさんは今、悪者に野菜をひっくりかえされて怒っている。薬局のおばさんは翼が怪我をした時に、大好きなヒーローの絆創膏を使って優しく手当してくれた。そのおばさんは今、外に積まれたトイレットペーパーを荒らされて泣いている。婦人服屋を営んでいる夫婦は、いらなくなった洋服で翼のTシャツやズボンなどを手作りしてくれる。その夫婦が今は悪者と洋服の取り合いをしている。大好きな人たちがみんな困っている。少し怖いけれど、僕が悪者を倒さないと、みんながやられちゃう。翼はすくむ足を踏ん張り、震える手で剣を握り締めた。その時、翼の横に青と緑の戦闘スーツを着たヒーローが並んだ。驚いて横を見上げる翼。ブルーとグリーンだ、と心の中で声を上げた。ブルーがしゃがみ込み、後ろ手に持っていた吹き出し型のボードを自分の顔の横に掲げた。そこには文字が書いてある。
「みんなをまもろう!」
グリーンは翼の頭に手をのせ、ブルーと同じく吹き出し型のボードを翼に見えるように掲げた。
「いっしょに、たたかおう!」
2人の言葉を見た翼は大きく頷いた。それを合図に、ブルーとグリーンが走って悪者の方へ向かっていく。翼も後に続いた。
ブルーとグリーンはアクロバティックな動きで悪者たちを倒していく。翼は剣で悪者を斬っていく。憧れたヒーローになれている自分に、翼は自信をつけていた。
悪者が移動すると共に3人も移動する。と、前方に全身黒タイツとは別の悪者が現れた。それは人間の要素の無い怪物。怪物は翼の大好きなケーキ屋のお姉さん・美南の腕を拘束している。全身黒タイツとは違って強そうな風貌に、翼はすぐに近づけない。美南は怯えた顔をして翼を見つめている。怪物が美南を突き放す様に解放した。そして後ろに手を回して、吹き出し型のボードを出す。怪物が持っているボードの縁は尖っていて、どこか威嚇をしている雰囲気が出ている。
「よくもやってくれたな!!」