街の人たちを悪者から守る、かっこいいスーパーヒーローになりたいです。一番強いレッドが大好きなので僕もレッドみたいになりたいです。
紙に書かれた佐々木翼の“将来の夢”を、保育士の村田春香が読み上げた。
「翼くんの夢はとってもいい夢だね。きっと強くてカッコいいヒーローになれるよ」
春香が翼の頭を優しく撫でると、翼は嬉しそうに目を細めて春香を見た。それを見て、5歳児クラスでは特にやんちゃな高川尚樹が声を上げて笑い出す。
「翼がヒーローになんてなったらすぐやられるに決まってんじゃん」
その言葉を聞いた他の園児たちも一斉に笑い出す。「なれるわけないじゃん」「どうやって戦うの」という無邪気で残酷な声が部屋を飛び交った。状況がわからず不思議そうに首を傾げる翼。春香は翼を横目に園児たちに向き直り、手を叩いた。パンパンという音に、園児が春香に注目する。
「どうしてお友達にそんなこと言うの? みんなだってサッカー選手になりたいとかテレビに出たいとか、とっても大きな夢を発表してくれたじゃん。それなのに自分の夢を笑われたらどう思う? 嫌じゃない?」
園児は春香の怖い顔に黙り込んでいる。そんな中、また尚樹が口を開いた。
「友達なんかじゃないよ」
「尚樹くん!」
「だってこいつ全然しゃべんないじゃん」
春香は子どもの無意識の言葉にひどく傷ついた。きっと尚樹に悪気があったわけではないのだ。純粋に自分が思っていることを言っただけ。春香はどう返したらよいの分からない自分にひどく嫌気がさした。純粋に冷たい空気が嫌でさっさと次の子どもの発表へと移る。
翼は友達が黙り込んだ理由も、春香の怖い顔の理由もよく分からずその様を見つめていた。翼は生まれた時からずっと、音の無い世界に生きている。翼にとって目に映ったもの全てが生きるための唯一の情報。他の園児と違って声を使った会話はできず、手段は手話と筆談のみ。けれど他の園児にそれは限りなく難しいコミュニケーションの方法だった。翼はいつも、誰かが話しているのを見ると、自分も手で言葉を作ったり、わざわざ紙に文字を書いたりしないで話してみたいと心の中で思うことがあった。今もその状況だ。みんなは一体、春香先生と何を話しているのだろう、とその状況をただ見つめることしかできない。
生活していると、あまりにも分からないことが多くてそれは少し残念に思う翼だが、保育園ではいつも春香がそばにいるため不便に思うことは無い。むしろちょっと嬉しかったりもする。みんなが大好きな春香を独り占めにできているからだ。
全員の夢の発表が終わり、次はお絵描きの時間。毎回テーマが決められていて、今日は母親の似顔絵がテーマだった。園児たちは先生が用意した長机にを囲む様に、自分の椅子とクレヨンや色鉛筆を持って移動する。綺麗に席に着くと、お絵描き用紙が配られ一斉に似顔絵を書き始めた。
翼はお絵描きの時間が大好きだ。耳が聞こえなくても話せなくても関係なく、みんなと同じことができるから。みんなと同じ気持ちでいられるから。