「まったく、せっかく朝ごはん作ったんだから先に食べればいいのにね」
「でも、ばあばのリズムもあるんじゃない?」
「あんたは、ばあばの味方なのね」
「そういうこと言わないの」
「大体、開けもしないのに毎朝お店の前を掃除する必要ある?」
「そんなの知らないよ。ばあばがしたいんでしょ」
「ほんとにもう」
「ばあばと暮らそうとするんだったら、ばあばに合わせたほうがいいんじゃない?」
「あーあ、やっぱり一緒に住むの難しいかなあ」
「ママも大人になりなよ」
「なによ、中二がエラそうに」
「だってそうでしょ。人間には協調性ってものが大事なんだよ。って、先生が言ってた」
さっきまでウキウキしていた千秋の気分は、優衣のいちいち大人っぽい意見を聞いているうちに次第にしぼんで来た。
「ママ、もうちょっとしたら出かけてくるから」
「買い物? 付き合おうか?」
「まあ、それもあるし、いろいろとね」
「えー、なんか怪しい」
「バカなこと言うんじゃないわよ。ただの散歩よ」
「あたしはついて行っちゃいけないの?」
「あんたは宿題たまってるんでしょ。あと二週間でしょ、夏休み」
「痛いとこ突くなあ」
そこに、ひと仕事終えてすっきりした顔の布美子が戻ってきた。
「あら、もう食べた?」
「食べちゃったわよ」
「ばあばの冷めちゃったよ。あっためる?」
「ありがと。自分でやるから平気よ」
「わかった」
このままここにいてもまた何か喧嘩になりそうだし、早く蒲田を歩きたいし、そう思って千秋が席を立とうすると、布美子が止めた。
「そうそう。あんたに頼みたいことがあるのよ」
「え?」
「お店のほうをね、少しずつ片付けたいと思って」
「そんなの今日やんなきゃだめ?」
「少しずつ片付けていこうってお葬式のあと言ったの、あんたじゃない」
「そりゃ言ったけど……」
「めんどくさくなったの?」
「違うわよ。そんなに急がなくてもって」
「私はね、昨日写真を見て思ったのよ。しばらく店もお父さんのものもそのまんまにして置いておこうって思ってたけど、そんなことお父さん望んでないんじゃないかなあって」
「写真見て?」
「そう。前向きにならなくちゃって。それで、少しずつ片付け始めないとなあってね」
「そう。わかった」
そうして結局千秋の蒲田ツアーは中止になった。
片付けは千秋と布美子の仕事で、優衣は二階で宿題だ。千秋はただ早く済ませてしまいたいとそれだけの思いで、布美子の従順な助手として黙々と作業をこなした。