「家族の? ばあばやママの?」
「そう。じいじは人の写真ばっかり撮って家族の写真は全然撮ってくれなかったからね、これは貴重よ」
布美子は、若い母親が赤ん坊を抱く上半身だけの白黒のスナップ写真を取り上げた。その背景にはミニチュアのような民家の群が広がっている。
「もしかしてこれ、昔のばあば?」
「そうね」
「ていうことは、この赤ちゃんはママだよね。かわいい……」
優衣は写真を手に取り、裏書きを見た。
「“昭和44年、千秋が一歳の時”だって。これって昔の蒲田?」
「そうよ」
「今とはだいぶ違うみたい」
「あの頃はあんまり高いビルはなかったからね」
「でもこの写真、すごい高いところで撮ってない?」
「これはデパートの屋上の観覧車の中から撮ったのね。懐かしいわ」
「デパートの屋上にあるの? 観覧車が?」
「そうよ。たしか“お城の観覧車”って言ったかしらね」
布美子が別の写真を探し出した。若い布美子と千秋の後ろにかわいい西洋の城が立ち、その上に観覧車が回っている。
「たしかにお城の観覧車だ!」
「ずいぶん行ってないけど、今でもあるのかしらね。千秋がグズると、いつもここに連れてきたものよ」
「そうなんだ」
「当時、この蒲田に新しいデパートができるっていうんでね、ばあばは楽しみにしてたの。そしたらいざ開店という日の朝になって陣痛が始まってね。予定より一週間も早かったんだけど、千秋が生まれたの。だからこのデパートとママの誕生日は一緒なの」
「十一月一日?」
「だからかしらね、赤ん坊の時から、ここはママにとってずっと安らぎの場所だったのよ」
二人の会話を、千秋は部屋の外で聞いていた。
ずっと忘れていた。屋上遊園地と観覧車のこと──。
つらいことや悲しいことがあると、いつも気がつくと自分はそこにいた。幼稚園で隣の男の子に泣かされた時も。小三の時にテストでズルをして先生にきつく怒られた時も。中一で親友と絶交した時も。高二で初めての彼氏に振られた時も。
そうだったのだ。赤ん坊の時から観覧車が千秋にとってのゆりかごだったのだ……。自分の心の拠り所がそんな物心のつかない時からのものだと、今まで布美子の口から聞いたことはなかった。千秋の視界の中の布美子と優衣が滲んで流れた。
翌朝、千秋はいつもより早く目を覚ました。昨晩の布美子と優衣の会話を聞いて、千秋は蒲田に対してこれまで感じたことのなかった親しみを急に感じるようになっていた。何気なく蒲田の街を歩いていたけれど、あらためて見て歩くと新たな発見ができそう。そんな気がして、千秋はそわそわしていた。
そんな千秋の気持を見透かしたように、パンをかじりながら優衣が言う。
「ママ、落ち着かないね」
「別に」
「へえ、そうなの?」
「ばあばはどうしたの?」
食卓には千秋と優衣だけで、布美子の皿はすっかり冷めている。
「掃除だって」