「ねえ」
「優衣まで何よ」
「でも、ばあばがそう言うんだったらさあ──」
「だったらいいってわけじゃないでしょ。じいじはもういないんだし、誰がばあばの面倒を見るっていうの」
「私はまだ大丈夫だよ。自分のことは自分でまだできるから」
「そうかもしれないけど」
「大丈夫、大丈夫」
「この家で? 独りで?」
「しつこいわねえ」そして優衣にまた同意を求める「ねえ」
「でもね、ばあば。ママも心配なのよ」
「私はね、じいじが建ててくれたこの家を守っていく。独りで大丈夫」
「そうなの?」
「そう。だからあなたたちは何も心配しなくていいから」
「そっか……」
優衣が千秋を見ると、千秋は不満そうに目をそらしてため息をついた。優衣は気まずい空気をなんとかしようと話題を変える。
「あ、そうだ、ばあば。なんか開かない引き出しひとつあるんだよね」
「引き出し?」
「うん。暗室の一番奥のちっちゃい棚」
「そんな引き出しあったかしら。あとで見てみようかね」
「うん」
そうめんを食べ終えると、布美子は早々に席を立った。
千秋は昨日買っておいたスイカを冷蔵庫から出して切った。それを皿に盛りながら、優衣がひそひそ声で言う。
「やっぱりばあば、独りで暮らすつもりなんだよ」
「わかってるわよ。そういう人だから」
「うん」
「でもね、あたしたち、もう二子玉には戻らない」
「ママがそうしたいならそうするよ」
「あたしたちの居場所は、ここしかないの」
「うん」
「だからね、はい」と千秋はスイカを持った重い皿を優衣の手の上に乗せる。「頼んだよ」
「ええ〜。ママが直接言えばいいじゃん」
「ばあばには、あんたの言う方が効くの。ばあばと住みたい〜って」
「そうかなぁ」
「聞いてたでしょ。あたしじゃいつも喧嘩になるの」
「なんか気が進まないなあ……」
優衣がスイカを持って暗室に行くと、薄暗いセーフライトだけのついた暗室で身をかがめた布美子の丸まった背中が見えた。
「どう?」
優衣の声に驚いて振り向いた布美子の顔は上気していた。
「優衣、見て」
引き出しが開いている。
「あ、開いたんだ」
「じいじのキーホルダーにね、ずっとこの鍵なにかしらっていうのがひとつあったの思い出して、それがこの引き出しの鍵だった」
「へえ〜。それでそれで?」
「面白いもの見つかったわよ」
優衣が覗き込む。布美子が部屋の電気を点けると、白黒からカラーまで、乱雑に放り込まれた様々な人物スナップ写真が優衣の目に飛び込んできた。
「写真?」
「こんなの取ってたのねえ……」
感慨深げに写真を見つめる布美子の手元を見て、優衣が聞く。
「何の写真?」
「これはね、うちの家族の写真たち」