「もし当たったらここ俺が奢ってやるよ」
「ええ、見てなかったよ」
「だろうな」
眺めているうちに、カップルの会話が耳に入る。スプーンですくったクリームを口に運びながら、彼女のほうがなにか考えている。フォークにバナナを突き刺して、彼氏のほうは無表情だ。
「亮、商店街としか言ってなかったじゃん」
「普段からそうとしか言わない。お前も地元とかそんなもんだろ」
会話の様子から察するに、この商店街の名前当てゲームをしているらしかった。彼氏のほうはこの街に暮らしていて、彼女は訪問客といったところだろうか。外からやってきた恋人にこの街を案内する若者、と思うと目つきの悪いその青年に随分と好感が持てた。
「サン……サンなんとかでしょ」
彼女のほうが絞るように言った。ああそうだ、いいぞ。
「サン…サンシャイン!」
ああ、残念。
「不正解」
そう、不正解だ、お嬢さん。正解は、この商店街の名前は。
「サンライズだよ」
「サンロードです!」
はっとして私は口元を抑えた。チ、チ、チ、と時計の音。珈琲マシンが無意味に唸る音。それ以外は全くの静寂がおりた。カップルが目をまん丸にしてこちらを見ていた。隣で、妻も驚いたような楽しげなような、そんな顔で私を見ていた。思ったより大きな声が出たようだ。パフェのクリームが溶ける音まで聴こえそうな静けさで、私は錯乱しかかり口をぱくぱくさせた。
からんからんからん。
「すみません、三名で」
静寂を打ち破ったのは、ドアベルとそのあとに続いた男性の声だった。ぎこちない動作で首を入口に向けると、まだ若さの残った父親らしき男と、その両足に絡みつくようにしている幼い少女ふたりが立っている。父親は黄色と紫のレインコートを腕にかけている。
「ああ、いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
私が何も言わないでいると、妻が声をかける。父親ははい、と返事をしたが、そこで彼の視線が奥のカップルに止まった。瞬間、アッと二組の声が重なった。
「すみません、そちらの方々の、隣へいいですか」
父親が明るくこちらへ尋ねてくる。ようやく思考も動き出した私は頷く。親子はカップルの横へと腰かけた。水をグラスに注いで、気恥ずかしいながらもそちらへ向かう。どうやら知り合いらしい二組の会話がいやでも聞こえた。
「いや、ご縁がありますね」
「ほんとに、びっくりしました!」
「どうです、なにかいいところは見つかりましたか」
水を親子の前に置く。父親は私に会釈して、会話に戻る。
「なにか納得いくような、派手な絵面はありましたか」
「ないですね」
カウンターに戻ろうと背を向けたところで、親子との会話のなかで初めて口を開いた彼氏の声がした。
「やっぱ地味ですよこの街。奇抜な景色なんてどこもない」