Scene3*サンロード
「お待たせしました、チョコバナナパフェになります」
背の高い透明の器に。こんもりと盛り付けたクリームとバナナ、その上からとろりとチョコソース。そしてそこにちょこんと添えた明るいさくらんぼの彩り。机にカタンと置いたその出来栄えは、本日も我ながら完璧だ。若い客の女性がほうっと息を漏らしたのを確認して、カウンターへと戻って腰をおろす。
昼頃まで降っていた雨のおかげで、今日は盛況だった。久しぶりに、忙しなく食事をつくり続けたように思う。提供担当である妻のきびきびとした速足も健在で安心した。が、雨も上がった夕刻のいま、店内の客はパフェをオーダーしたカップルのみだった。もともと落ち着きのある、珈琲がふわりと薫るような純喫茶として売り出している店だ。いまの状態が悪いというわけでもないが、どこか寂しく感じてしまう。年のせいだろうか。
「珍しい。お若いお客様ですね」
笑い混じりの軽い声に視線をあげれば、妻がキッチンのほうから出てきたところだ。たるんだ肌を持ち上げるような笑顔で、奥の席に座るカップルをみている。
「そう珍しいことでもないさ」
「そうですか。最近はすっかり……あら、なんて顔なさるの」
妻は言葉を切って私の顔を見、その笑顔に苦みを混ぜた。呆れ、ともいえるかもしれない。
「あなた、まだ写真のこと根に持ってらっしゃるんですか」
妻は私の隣に座った。並べた木製のふたつのな椅子は、妻とこの店を開いた四十年前からあるものだ。脚にはだいぶ傷がついたが、がたつくこともなく現役で私達夫婦を支えている。そうだ、まだ現役で。自分の胸の内の声に触発されて、妻の言う『写真のこと』が思い出された。
あの頃の蒲田、募集します。確かそんなような呼びかけだったろう。この商店街の一角に、かつてのこの街を写した写真を貼るコーナーをつくるとのことだった。その写真を、住民たちに是非とも提供してほしい。私はこの街に暮らして随分長い。同程度ここで店を営んでいるのは電器屋、婦人服屋くらいのものだろう。幸い、写真も持っていた。懐かしい、古きセピア色の風景。紙こそ傷んでいるものの当時をありありと蘇らせる写真を、数十枚は提供した。
しかし、実際に完成した「あの頃の蒲田」をみて私は愕然とした。商店街の片隅に作られたそこには十にも満たない写真が本当にただ張られている、それだけだった。写真に関する説明もない。地元の老人が時折しげしげと眺めていくくらいで、殆ど誰も足を止めなかった。チェーン店のひしめく商店街で、「あの頃の蒲田」は随分と肩身が狭そうにみえたものだ。私の提供した数十枚の写真は、数枚減っただけの状態で茶封筒に入って送り返された。
「いいじゃないですか。ああいう取り組みをしようってだけでも、あたしたちのような住民には有難いことですよ」
私の考えを見透かしたように妻が言った。成程、確かにそうかもしれない。だが私にはどうにも、「最低限このくらいは忘れないようにしてやろうか」というような、そんなものに写った。
奥の席のカップルは、ふたりでひとつのパフェを食べていた。すっかりクリームの山は切り崩され、バナナも器の底に沈んでいた。さくらんぼはどちらかが食べたのだろう、実のなくなった芯と種が器の横にある。そういう食べ物であるのだから文句はないが、パフェはすっかり見栄えのいいものではなくなっている。チョコレートソースと溶けたクリームの混じった色が、あの写真のセピアによく似ていた。