Scene1*かまたえん
「いや、100人中90人はここモチーフにしてるよ」
灰色の空を背景に、色彩がゆっくりと廻っている。クレヨンのような、単純なカラフルさだった。チューリップの花をひっくり返したような形をしたそれらには窓が付いている。こじんまりとした有様が愛らしい、楽しげな音楽でも聞こえてきそうな観覧車。
「大したことないのにな、遊園地ったってさ」
ビニール傘の下の亮の表情は不機嫌で、重い曇り空のによく似ていた。そうなると浮いているのはむしろ観覧車と、それからはしゃぎかけていたわたしのほうだ。睨めつけるような彼の横顔を伺いながら、乗らないの、と尋ねてみる。
「そんなことは言ってない」
亮が券売機の前でボタンを押すと、つやつやした厚紙のチケットが2枚落ちる。そのうち1枚をわたしに渡すと、亮は三段しかない階段をすたすたと上った。癖のある襟足が湿気のせいでいつにも増してうねっている。係りのお姉さんは、空を見上げて観覧車の天窓を閉めているところだった。わたしたちに気が付くとにっこりと綺麗に笑って、ちょうど目の前にきた青緑色の扉を開く。亮が奥に座ったので、続くわたしは手前に座った。扉が閉まってしまうと、急に雑音がぷつりと消えて、空気が詰まったような不思議な感覚がする。ごうんごうんと、不器用な音だけがした。
「大学とか、見える?」
「わかんないけど、場所的にはみえそう」
観覧車が昇る。亮はわたしに答えながら、リュックからスケッチブックを取り出した。キャップを外した鉛筆の頭を顎に当てると、亮は瞳を細めて窓の外を見た。お仕事モードですね、と内心で独りごちてわたしも視線を外へと移した。
亮はこの春から上京し、大学のそば、この街で暮らしている。もともと絵が好きでアニメが好きで、その作り手側になる勉強をしている。正直、詳しいことはよく知らない。ただ、初めてひとり暮らしの彼を尋ねた恋人をロケに連れまわす程度には忙しい、らしい。街を観て回るにはぴったりなので、文句はないけれど。
水滴のついたガラス越し、町は遠くまでよく見渡せた。背の高い建物が少ないからだろう。曇り空を背景にしているのも相まって、少し高めだったり、奇抜だったりする建物は際立ってみえる。亮の大学はどんなだったろうか。水の流れる入り口や、きれいな花の咲いている中庭やらはHPで見た。それらなら見つけやすいような気がする。
「なんか本当微妙じゃねここ」
窓に両手をつくわたしに、亮が唐突に言った。視線をそちらに向けると、亮は鉛筆で顎をとんとん叩いている。眉間には皺が寄っていた。
「微妙って何が?」
聞き返すと、皺が深まった。
「なんかもっとこう、奇抜になってくんねえかな。モチーフとしてぜんぜん映えない」
「ゴジラに出てたのに?」
「実写映えはするんじゃん、知らないけど。アニメにする街じゃないって感じ」
観覧車がゆっくりと動く。亮はぼそぼそグチグチ、町並みに文句を垂れた。都会ってほど栄えてるわけじゃない。下町ってほど素朴なわけでもない。大体そんなようなことを言っていた。絶え間なく口を動かし、目で景色を追い、それを手で描き、さらに頭のなかでは課題の構想を練っているとなると、彼は器用だ。素直に感嘆する一方で、じんわりと不安が胸に滲んだ。ごうんごうんと、相変わらず音がする。