東急多摩川線の線路のすぐ前に位置しているのだ。自宅から歩いてくるときには、踏切も通ることになる。こうして公園で過ごしている間にも、子供の声に混じってがたんごとんと通過する電車の音が聞こえてくるときがある。
「でも電車にしたって、木の隙間からちょっと見えるくらいじゃないですか」
「そうです。そうなんですけどね」
光沢のある灰色に緑と黄緑色のラインが走った車両は、ちょうどこの時期なんかは公園にあまりに溶け込んでしまって、派手な絵面にはならないだろう。
「通勤でね、電車に乗るんですよ。あ、あそこを走る電車とは別なんだけど。でもこう、満員電車に揺られてるときに窓の外を見るんです」
黒と白の味気ないスーツの群れに満たされて、どんより沈んだような空気の車内。誰かのため息が連鎖して波になり、自分のところにも巡ってくる。肺の中で淀んだ憂鬱を吐き出すようにため息をつきかけたとき。
「ぜんぜん違う車窓の風景に重なって、この公園がみえるんですよ。ちょうど木の隙間からちらっと覗く、そんな感じで。子供が遊んでて、ほかの家族とか、鳩とか、地元の学生とかね、見えるような気分になるんです」
滑り台と、紫陽花と、ベンチと。広場のほうでは鬼ごっこ、かくれんぼ。隠れている間に待ちきれなくなった子供が親を呼んで、みて、ここすごい蟻の巣があるの、なんて歓声をあげる。かんかんかんと踏切の音が少し遠くに聞こえたら、続いてごうんと電車が通る。その一瞬みんながちらと視線をそちらに寄越す、公園の風景。
「たしかにこう、ぱっと派手な景色じゃないんですけどね。ふっとしたとき瞼の裏に浮かぶというか、そんな魅力があるんじゃないですか」
どこかうっとりと、僕は話を締めくくった。しばらくの沈黙。おや、あれ、もしかしてオッサンの恥ずかしい話、なんて思われただろうか。不安と羞恥が湧いたところで、ぱちぱちぱち、と乾いた音がした。女の子が、瞳をきらきらさせて拍手をしていた。隣の青年も、僕を嘲るでもなく、真剣な顔をして何かを考えていた。とんとんとんと顎を叩くリズムが早まっている。
「あの、こんなのでお礼になりますかね。ハンカチ」
嬉しい半分かえって気恥ずかしくなり、尋ねてみる。彼女は綺麗な笑顔を咲かせた。
「もちろん、ね、亮」
「うん」
青年は短い返事をして、ぱたんとスケッチブックを閉じた。彼がすっくと立ちあがるので、僕もそれに続く。
「ありがとうございました」
青年は頭を下げてそのまま出口へと歩き出した。彼女ももう一度僕にお礼を言って、青年についていった。なんだかその後ろ姿に、愛梨と優梨が重なるような気がした。きっとこれは、父親特有の過剰な感傷なのだろう。いまは二人並んで仲良く滑り台を滑っている僕の娘たちも、いつか全然べつの滑り台を選ぶような誰かのあとについていってしまうのだろうか。両腕を広げる僕は尻もちでは済まなく、彼女たちに踏みつぶされ――
「パパー!」
そのとき、愛梨が僕を呼んだ。みると。滑り台にのぼろうと優梨がまたも奮戦している。おっとアブナイ、と余計な感傷を振り払い、駆け寄る。いつかの未来にも、僕の心にも、それから彼女たちの心にも、この公園があるんだろう。たぶん、黄色と紫のレインコートが泥と一緒に跳ねまわった光景が。電車の通る、優しい公園の景色が。
きっと、僕らが過ごすこの街の一部が。