「学校の課題のためのロケ中なんですけど、煮詰まってるみたいなんです」
僕の尻を拭ききって満足したらしい優梨と、次にハンカチに触りたいらしい愛梨がじゃれているのを視界に入れつつ、彼女について滑り台の裏手へ回る。雨粒に濡れた紫陽花の隣のベンチに、青年が座ってスケッチブックを開いていた。目つきが悪いのは元からなのか、煮詰まっているというせいなのか。温和な雰囲気の女の子とは対照的に、少し近寄りがたい印象だった。
「亮」
彼女がそう呼ぶと、手元のスケッチブックに視線を落としていた青年が顔をあげる。僕のことを視界に捉えたらしく、少し怪訝そうに眉をひそめた。
「この人、手伝ってくれるって」
まだ手伝いの内容も聞いていないのに、と思いはしたが、愛梨がどろどろになった遊具をさっきのハンカチで拭いているのが見えたので口をつぐんだ。亮というらしい青年は鉛筆で顎をとんとん軽くたたいた。
「この辺に住んでるんですか」
感情の薄い声で彼が聞いた。僕が頷くと、彼は自分の隣を指して、良ければ座ってください、と言う。なんとなく気が引けつつ、その通りに腰を下ろす。女の子はにこにことそれを見ていた。
「課題で、この街をモチーフにしたアニメの絵コンテを描くんですけど」
「はあ」
「なんか、おすすめのスポットとかないですか」
青年はぱらぱらとスケッチブックをめくった。リニューアルの横断幕がかかった駅前の広場、恐ろしげな顔のオブジェがついたゲームセンターの壁など、など。見覚えのある景色がメモ書きと一緒に紙に載っているのをみて、素直に感嘆してしまった。しばらくそれらに見惚れていると、じっともの言いたげな青年の視線に気が付く。僕は彼の問いかけを思い出して少し考えてみる。が、普段暮らす街の営みだ。アニメになりそうな風景、なんて意識したこともない。
「そうだなあ、あの、商店街とかは」
「このあと行きます」
「そうか。ううん、そうなると僕は、大抵この公園に娘を連れてくるのが好きなくらいなので……」
僕ら以外にも、よく晴れた日なんかには複数組の親子が遊んでいる。滑り台の種類がたくさんあって、どこを好んで滑るのかで子供の性格がわかるようなのが面白い、なんて会話を妻としたことがある。僕の勝手な印象だが、この亮くんなんかはちょっと奇抜な、波形の滑り台を好みそうだ。
「ここもいいとこだとは思いますけど、なんだか絵面が地味じゃないすか」
彼はなんだか、ふつうの子供よりはちょっと変わったセンスを持っていそうな気がする。そうか、絵面が地味か、と胸の内で反芻する。それから少し考えて、すっと正面を指さす。そこにはまず滑り台。さらにその奥には枝を広げ、葉をつける木々が立っている。そしてさらんいさらに奥には道路が一本。の、さらに奥。僕が差したのはそこだ。
「線路ですか」
「そうですね」