Scene2*西蒲田公園
「ほら、あんまり走ると泥が跳ねるぞ」
雨が上がったばかりの公園はまだ地面がぬかるんでいる。軽やかに駆けていく黄色と紫のレインコートは、まるで僕の声を聞いていない。彼女たちの長靴は見る間に汚れていくが、それを強く止められないのは僕自身にもはしゃぐ気持ちがあるからだろう。せっかくの休日昼下がり、そこに生憎の雨、そう思っていたところの晴れ間は当然に嬉しい。
「パパはやく!」
黄色いほうのてるてる坊主が僕を呼びながら滑り台の上から手を振った。その後ろには一回り小さい紫色が続いていた。が、短い足にとって階段は急だったようで、全身を傾けて登ろうとする彼女のもとへ慌てて手を貸しにいく。
子育てのために妻の実家近くにマイホームを購入してはや数年が経とうとしている。5歳の長女愛梨と、3歳の次女優梨は遊びたい盛りで、義母の手を借りられる環境は妻にとってありがたいようだった。そうでなくとも、この街は穏やかに賑やかで、暮らしていくのにちょうどいい。
優梨の腰を掴んで、滑り台にのせてやる。愛梨は二本に分かれた滑り台の右側で妹をうずうずと待っていた。「行くよお」
愛梨が言うと、優梨はこっくりと頷いた。僕は滑り台の前に回り込む。水に濡れた滑り台はいつもよりずっとスピードが出るだろうと思ったのだ。屈んで両腕を広げ、案の定勢いよく飛び込んでくる娘ふたりを受け止める。が、子どもの成長というのは親が思うよりずっと早い。カラフルな彗星は僕を突き飛ばし、尻もちをつかせる。びちゃっと尻のあたりで泥が跳ねた。愛梨と優梨はぱちぱちと瞬きしたあと、きゃあと楽しそうに声をあげて笑った。妻の呆れ顔が脳裏を過ったが、僕も笑った。
「あの、大丈夫ですか?」
ふと頭上から声が降ってきた。見上げると、若い女の子が困ったような微笑で僕を覗き込んでいる。さっき、滑り台の裏手にあたるベンチに座っていた子だ。隣の彼氏らしい男の子がスケッチブックを開いていたのがなんとなく印象に残っていた。
「ああいや、大丈夫です。どうも」
「あの、よかったらこれ使いますか」
手を振りながら立ち上がった僕に、彼女はすっとタオルハンカチを差し出した。ふわふわした、ピンクと白色の水玉模様。かわいー!と、愛梨が甲高く言った。僕は赤くなって、もっと大げさに手を振った。
「いや、とんでもないです、大丈夫ですから」
「これもう古いんですよ。どうぞ」
半ば押し付けられるように彼女は僕の手にハンカチを握らせた。とはいえ、うら若い女の子の可愛らしいハンカチで泥のついた尻を拭くというのは、どうにも抵抗がある。と、考え込む僕の手元からハンカチが消えた。っはっとすると同時に、尻にぽんぽんと柔らかい感触。泥のついたジーンズに、優梨がハンカチを押し付けていた。なんて優しい子なんだ、と親ばか的思考を浮かべつつ、顔には熱が集まった。あわあわと所在なく手を激しく彷徨わせる僕をみて、彼女はからこんなことを言った。
「じゃああの、ちょっと、彼氏の手伝いをしてくれませんか」
「手伝いですか?」