ふたりのアイデアと熱意に圧倒されつつも、確かに理にかなった、いまの時代にぴったりなサービスだと感じた。百パーセント賛成する気でいた欽治だったが、そこでふと疑問が湧き上がってきた。
「きょうのこの注文におれが呼ばれたってことは、まさかおれ、勝手にそのメンバーにされたってのかい」
昭夫はニヤリと笑った。欽治はあきれる気持ちと、真っ先に自分を仲間に選んでもらえたよろこび、そして何かとてつもなく大きな宝物を見つけたときのようなわくわく感が複雑に合わさり、言葉を失った。代わりに、わけのわからない笑いが口から漏れた。欽治の指先が小さく震えている。興奮している自分がそこにいることを確かに感じる。
「わかった。おれも暇なひとり身だ。しばらくウォーキングがてらおまえのそのビジネスとやらに付き合うよ。ほんじゃ、さっそく行くかい」
しかしそんな自分を見せるのは照れくさかったので、必死に平静を装った。昭夫のように感情を表に出すのは苦手だ。感情をもっと表せば、もっと生きるのが楽になるのではないか、もっと人生にメリハリが生まれるのではないかと思ったこともある。だが、自分にはまったく向かなかった。
「経路はあれだな、まずは板倉書店で本を買って八百善でいちご、そんで桜中の裏の田中さん、横井さんちは最後だな」
このルートに欽治も異論はなかった。
かれこれ築三十年は経っている上川荘の呼び鈴を鳴らすと、白髪を後ろできっちりとまとめた老女が現れた。
「田中さん、おじい便です。食器用洗剤と温湿布を持ってきましたよ」
老女は何か言葉を発する前に昭夫を見ると驚いたような表情をして、それから目を細めた。
「あなた、ひょっとして森昭夫くんじゃない? あなたが小学校のときによく遊んでいた坂下雄二の姉よ、私」
「え、ゆうちゃんのお姉さん? 何度か家に遊びにいったときにお会いしましたよね。こりゃ懐かしいな。彼、元気にしていますか?」
「ええ、仕事で岡山に行ってしまって、定年後もあっちで腰を下ろしちゃったけど、たまに帰ってくるの。元気でやっているわよ」
しばし昔話に花を咲かせたのち、「またお願いするわね」という老女の言葉でそのアパートを後にした。
「まさかここにゆうちゃんの姉さんが住んでいたとはな。会えてよかった。足が悪くてほとんど外出しないって言っていたから、こんなことでもしなければ会えなかったな」
目尻の笑いジワが頰の横のシワとつながるほど、昭夫は実にうれしそうに笑った。再会のよろこびを噛み締めているうちに、横井家の前に到着した。呼び鈴を鳴らすと、小学生の男の子が出てきた。どうやら右足を怪我したらし、松葉杖をつきながら玄関まで出てきた。母親は怪我をした当日は看病していたが、そう何日も休めないので、学校を休んでいる少年はひとりで家で安静にしているということだ。
「はい、おじいたちが漫画本といちごを買ってきたよ」
ふたつの買い物袋を受け取って中身を見ると、少年の目がみるみる輝いていった。一度部屋の中に入っていき、すぐに戻ってくると、「おじいちゃんたち、ありがとう。お礼にこれあげる」と言って、おしゃれな消しゴムとボールペンを渡した。ふたり顔を一瞬見合わせると、昭夫がしゃがんで「ありがとうな。でもおじいは君がこれを持ってくれていたほうがうれしいぞ」と頭をなでた。
帰り道、案の定、昭夫は声を弾ませ、頰の筋肉は完全にゆるんでいた。しかし表には出さないものの、心があたたまっているのは欽治もまったく同じだった。