顔を見た途端に、ある考えが欽治の頭をよぎった。まさか、と思っている欽治に向かって昭夫は話し始めた。
「実はな、今朝あのドラッグストアの堀内社長から電話がかかってきたんだよ。おじい便をたまにやってくれないかって」
「は? おじい便って一体なんだい」
「ほれ、この前おれがオムツと薬を届けるときに『おじい便、出動!』なんてふざけて言っただろ。あれを店内にいた三十代の若社長が聞いていたらしくてな。そんでさ、おじい便に需要がある! なんて言っているんだよ」
「おじい便に、需要?」
「最近、インターネットとかで注文して自宅に届けてもらうっちゅう買い物の仕方がはやっているだろ。共働き世帯や一人暮らしの社会人は、仕事が終わって帰ってきた頃には地元の商店街や地元のスーパーが閉まっているから、日用品やら本やら食材ですらインターネットで注文するんだと。だから商店街は客を取られちまっているんだよ。でも、商店街も宅配サービスを始めれば少しは太刀打ちできるかと考えているらしい」
まあ、昭夫が言っていることは理解できる。しかし、いくらお節介な昭夫といえども、すっかりやる気を出している様子に欽治はなんだかおかしくなり、思わず笑いが漏れてしまった。
「おいおい、バカにしちゃいけねぇよ。ただの宅配サービスじゃないぞ」
自慢気に話す昭夫の背後から、先ほど話に出てきたドラッグストアの社長と思しき三十代の青年が、目を輝かせてふたりの間に割って入ってきた。
「そうなんです! あしたじゃなくて後で届けてほしいっていう出前感覚の要望にも応えられるし、八百屋の野菜や果物もひとつ単位で配達できる。配達そのものの利便性が高いのはもちろん、先日オムツや薬を届けてあげる話を店の奥からたまたま聞いていて、いま地域に必要なのはこれだと確信しました。核家族という暮らし方が崩壊した都心では、共働きや一人暮らし世帯が増えている。そんな中、体調を壊したら薬や必要な食料を買ってきてくれる家族が誰もいない、という状況に陥っている人はたくさんいます。もちろんそれだけじゃありません。赤ちゃんがいてなかなか買い物にいけない主婦や、料理などの作業をしていて手が離せない人、子どもにおやつを置いておくのを忘れた働く主婦、帰りが二十一時以降で宅配便が受け取れない一人暮らしの社会人、買い物は一苦労だけどインターネットで注文するやり方もわからないご老人……この気軽に活用できるおじい便を必要とする人はたくさんいるでしょう」
「この前みたいなことがただの宅配便サービスにできるか? できないだろ。社長はただ商品を届けるだけじゃなく、そのサービスを通して町民たちの横のつながりやふれあいの機会をつくりたいんだと。これは地域の人たちと顔見知りで、時間がたっぷりあって当日の注文やある程度遅い、あるいは早い時間の配達にも柔軟に対応できて、かつ積極的に体を動かして健康維持に取り組むおれたちみたいなじじいにしかできない仕事なんだよ」
社長の言葉の後に、欽治に有無を言わせないかのように、昭夫は畳み掛けてきた。最後のワンフレーズを口にする際、昭夫はちょっと得意気な目つきで欽治を見た。
「でも安心しろ、これはビジネスっちゅうやつだ。社長と話した結果、料金は配達先の客から預かってきて、配達料は一律三百円。桜元町内の注文しか受け付けない。重い荷物やでっかい荷物のときは、商店街の小さいリアカーを借りて、それをふたり体制で引いていくから、重量はそこまで問題にならないはずだ」