欽治はそれ以上余計なことは何も言わず、昭夫についていった。
ドラッグストア堀内につくと、先ほど話に出た小西が白衣を着て商品棚の整理をしていた。
「よぉ、元気にしているかい、小西」
「こっちはおまえと違って現役で働いているんだからよ、元気じゃなきゃ困るわ」
「薬剤師っていう手に職があると定年後も働き口に困らなくていいねぇ。ところで一歳未満の赤ん坊のオムツ売ってくれよ。『やわらかモミー』ってやつ」
小西雅彦は不思議そうな顔で昭夫を見ながらも、紙オムツを取りにいって「はいよ、八百二十円な」とカウンターに置いた。財布から先ほど受け取った千円札を出そうとする昭夫の動きを見つめながら、小西は何かを考えているようだった。
「さてはおまえ、また何かお節介しているな?」と言いながら、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「お節介とは失礼な奴め」
「いや、それはおまえのいいところだよ。お節介ついでにちょっと頼まれてくれないか。丸川団地B棟の吉見さんいるだろ、秋祭りの実行委員やってくれた」
「ああ、綾子ちゃんね」
「そうそう、さっき彼女の小学生の娘がフラフラしながら店の前を歩いたんだよ。熱を出して学校を早退したらしいんだ。綾子ちゃんに一応電話で連絡してあげたんだけど、すぐに会社から帰れないらしくてさ。おまえ、ここから帰り道だよな。悪いが薬と熱冷ましジェルを届けてやってくれないか」
欽治はおどろいた。自分が住んできた町は、これほどまでに人との結びつきが強い町だったのか。いままでどうして気づかなかったのだろう。そもそも、生まれてからずっと長い間この町に住んでいて、誰かと深い絆を築いたことがあっただろうか。この町を慈しんだことがあっただろうか。生まれた土地になんとなく住んでいるだけというのは、実はとてももったいないことなのではないだろうか。
「そうかい、そりゃしょうがないな。しかしまあ、きょうは用事が多い」
言葉とは裏腹にわっはっはと楽しそうに笑いながら、昭夫は小西から薬や熱冷ましジェルが入ったビニール袋を受け取った。そこへ宅配便の若い従業員が威勢よく「宅配便でーす! きょうは荷物ありますか?」と入ってきた。小西は「じゃあ、悪いけど頼むな」と言い残して、商品発送の処理を始めた。
「はいはい、おじい便、出動〜! ってか」
それから三日後、めずらしく欽治の携帯電話が鳴った。昭夫からだった。
「どうだい、よかったらきょうもウォーキングに付き合わないか」
もちろん、断る理由などひとつもなかった。待ち合わせはドラッグストア堀内を指定されたが、特に疑問に思うことなく、電話から三十分後に到着した。店内にいる昭夫を見つけ、欽治も中に入っていった。
「こっちが桜中学裏の上川荘二〇一号室の田中さん、こっちが横井さん。ほれ、ゾウさん公園入口の正面の一軒家な。横井さんは八百善と板倉書店にも寄ってくれ。このメモにいま言ったこと全部書いてあるから」
昭夫はふんふんと聞いていたが、状況がよく飲み込めずに立ち尽くす欽治の存在にやがて気づいた。
「おお、欽治、早かったな」