そうこう思っていたら、いつのまにかジョッキの中が空になっていた。
「すいません」
奥で談笑しているおばちゃんを呼ぶが、おばちゃんはおばちゃんで話に夢中だ。こういう時って一番恥ずかしいよな。
もう一度呼ぼうとタイミングを見計らっていると、その人が「おばちゃんおばちゃん、呼んでるよ」、と声をかけてくれた。
「あぁ、ごめんごめん。なに?」
と言いながらおばちゃんが近づいてくる。
私は女の人に会釈をした。女の人がニコッと笑う。
恥ずかしくて目を逸らした。
「ビール追加で」
会計のための財布を仕舞い、とっさにビールを頼んでいた。
その人は、私がやっとジョッキの半分減らして、どう話しかけたら自然に見えるかの脳内シミュレーションが50回目に到達した時ぐらいにサクッと去って行った。
「またくるねー」
と言って、ガラガラと扉を開ける後ろ姿。垣間見える空は、もう暗くなっていた。
どうにかティンダーでマッチしないかと永遠にスワイプしたり、その女の人が面白いと言っていた映画や本のあらすじをググって、なんならアマゾンで買っていたりして話す時用の準備をしていたのだが、結局なにも話せず終わってしまった。徒労感が半端ない。
「何かたべる?」
女店主がグラスを拭きながら聞いてくる。
「じゃあ、これで」
とっさに前にあったメニューに書いてあった串の盛り合わせを指差していた。
「あいよ」
おばちゃんが一瞥して調理場に戻っていく。
「お兄ちゃん、地元蒲田?」
一番近くに座っていたおじさんが話しかけてきた。やめろ、話したかったのはあんたじゃない。
「いや、違います」
「そうかぁ、よくこんな潰そうな店に入ってきたな」
「ぶっ殺すよ」と調理場から声が飛んでくる。その容赦のないかけ声に少し笑ってしまった。
「ちょっとビールを飲みたいと思いまして……」
「でさぁ、にいちゃん、あの今出てった子のことどう思うよ?」
脈絡もなく、ニヤニヤしながら聞いてくる。飲んでいたビールを吹き出そうになった。それを見て妖怪全員がニヤニヤする。不思議の国のアリスのシャム猫の大群。
「え、なんで?え?」
「明らかに気落ちしているのがわかったからなぁ」
周りの妖怪たちがもはや大笑いをしていた。ジブリにもいたな、こんな妖怪たち。
この人と人との距離感、どこか懐かしさを感じれば、東南アジアの屋台だ。
現地の屋台でも、こんなテンションで初対面の人に肩組まれて話しかけられたっけ。
「いや、綺麗な人だなぁと」