それにしても今日はママのことをよく思い出す日だなあ。なんだろう一体……
周りの景色を眺めながら少し進むと親水公園が終わるあたりで一段と道が細くなり鬱蒼とした緑の木々が道の上までせり出しているのが見えてきた。白い石の玉垣も見える。北野神社だ。天神橋のところまで来ると右手に北野神社入り口の階段があった。階段を下り鳥居をくぐると正面に拝殿がある。下り宮の造りが珍しい。菅原道真公をご祭神とする神社らしく『合格祈願』と大きく書かれた看板がある。拝殿でお参りを済ませてから、ここでも御朱印帳を左手で掲げて写真を何枚か撮らせて頂いた。北野神社の御朱印にはかわいらしい花が咲いた小枝がピンクの印で押されている。たぶん梅の花だろう。ここ北野神社は境内に咲く紅白の梅の花が美しいらしい。もう少し早い時期ならその風景が楽しめたのだろうと思うと少し残念な気もしたが仕方ない。見頃の季節に合わせてまた来てもいいし、蒲田八幡神社といい、北野神社といい、何度も訪れることになりそうだ。これから廻る予定の他の神社にもいろいろ見所があるかもしれないし、なんか更にワクワクしてきた。そんな思いに次に行く予定の女塚神社への気持ちも少し急いてきたが、まだちょっと早い!拝殿の左手には境内社のお稲荷様がある。そちらにもお参りをしなければ!
お稲荷様の方に向き直って歩を進めると白く塗られたお社(やしろ)の色が日差しに眩しい。朱色に塗られた柱や梁も鮮やかだ。お社の配色といい、巫女様の白衣と緋色の袴といい、この白と赤い色の組み合わせが私は大好きだ。そこはかとなく厳かで澄んだ気分にさせてくれる。今日私が着ている柿色のワンピースも少し巫女様の緋袴をイメージしてのものだ。さすがに真っ赤な服を着る勇気はないので少し落ち着いた色味のこの色を選んだのだ。言ってみれば神社巡りをするときの私の勝負服。今日みたいな天気の良い日には自撮りをしても色合いが映えるので結構気に入っている。
お稲荷様の正面に立つと白と朱色のコントラストがより際だって輝いているように見える。お社前の鳥居で一礼をして身体を起こしかけた瞬間、刺すような鋭利な一筋の光が眼球に飛び込んで来た。初夏に向かう太陽の強烈な日差しと視線がたまたま合ってしまったのかもしれない。思わず瞼を固く閉じたがそれでも瞼の裏に白い残光が浮かんでいる。静かにゆっくりと瞼を開けようとするが重い。僅かに開いた隙間から見える景色がだんだんと色を失っていく。白と赤と新緑の緑の原色で彩られたさっきまでの風景から徐々に色が抜け落ちていく。赤みがかったセピア色、そして灰色がかった白と黒のモノトーンの世界へ移り変わっていく。
――やばい!これ、やばい!貧血かな?もしかして熱中症?日差しが強すぎた?帽子かぶってくればよかった?水分?……塩分?……
そんなことをぼんやりと考えているうちにも視界が歪んでくる。目の前にある石でできた頑丈そうな鳥居が歪んで今にも自分に倒れかかってくるように見える。唐突に激しい風が吹き抜けたような気がした。境内に植えられた木々の枝葉がざわざわと唸っている。耳鳴りのようにも聞こえる。風に吹かれたせいか体制を崩して思わずそこにしゃがみ込む。なんとか力を振り絞るようにして顔を上げてみる。向かい合う二体のお稲荷様の像が見える。視界が歪んでいるせいだろうかお稲荷様がゆっくりとこちらに向いて首を回しているように見える。二体のお稲荷様の瞳がこちらをじっと見ている。視線を合わさないように俯こうとして目を下の方に向けた。お稲荷様が乗る台座の足下に猫がいる。白黒ブチの猫。猫もこちらをじっと見ている。銀色の瞳の中で瞳孔が縦に細長く縮んで光った。また目を逸らして上を見る。上目遣いになった私の視線とお稲荷様の視線が合った。
その瞬間景色が大きくぶれて一変した。神社には違いない。違いないけれども北野神社の境内ではない。
「みやちゃん、帰ってきたんだねぇ」