ここからが私の恒例行事、拝殿をバックに頂いたばかりの御朱印を広げて自撮りで写真を撮るのだ。他の参拝の人たちの邪魔にならないように気を付けながら『蒲田八幡神社』の御朱印が書かれた頁を広げて(金色で押された鳳凰だろうか?印が美しい)、少し高めに掲げるような形でスマホのシャッターを押した。撮れた写真を確認して……うん、満足です!
さあ、次の神社へと、元来た鳥居の方に足を進めたが、入ってくる時には気がつかなかったお稲荷様の境内社が右手の奥にあった。お稲荷様の像の足下に白黒ブチの猫が一匹、隠れるようにこっそりと顔だけ出してこちらを覗いている。目の周りと耳の部分が黒くてちょっとパンダを連想させる模様がかわいい。しゃがみこんで、おいでおいでのポーズをしてみたが猫ちゃんは警戒しているようでこちらをじっと見ているだけでピクリとも動く様子はない。ここの神社で飼ってる猫かな?首輪とかは付いていないけど、それとも野良ちゃんかな?少しの間そうして猫ちゃんとお見合いをしていたが諦めて立ち上がった。
帰り際に鳥居横に掲示されていた工事案内の看板を読んでみた。『蒲田八幡神社復興六十周年 御社殿改修事業』とある。平成三十年8月竣工予定とも書いてある。
――今年の八月、絶対、また来よう!
鳥居前で一礼して蒲田八幡神社を後にした。次は『北野神社』だ。
北野神社は京急線を越えて反対側にある。国道15線の大きな道路沿いを真っ直ぐに進むと呑川に掛かる夫婦橋の信号が見えてくる。その信号を右に曲がると呑川緑道の小道が真っ直ぐに続いている。道の両脇に咲き誇る白と赤のツツジ、新緑とのコントラストが鮮やかだ。呑川緑道に沿って夫婦橋親水公園が開けていて川から吹き込む風が気持ちよかった。時折少し強めの風が吹いて、着ていた膝下丈のワンピースの裾が少しはためくので軽く手で抑えることもあったが、何よりも風が気持ちいい。ここまで歩いて汗ばんでいる肌を撫でていく感じが心地良かった。
――なんだろう?この懐かしさみたいな感覚。郷愁っていうのかな、蒲田八幡神社から歩いていてずっと心の片隅で微かに感じているこの感じ。さっき見たアーケードの商店街のせいかな?うーん、それとは違うような……ノスタルジックなストーリーの小説を読んだ時のような感じ。蒲田に来るのは初めてのはずなんだけど……
あれ?そういえばママが若いときに蒲田に住んでいたとか言ってたっけ?
私の母は女優をやっていた。まあ、引退したわけではないのだけれど映画やテレビに出ることはほとんど無くなったし、今は一人田舎に移り住んで畑で野菜作ったりして、自由気ままに自然に囲まれた生活を満喫している。
そんな母だが大学進学を口実にして女優を目指して東京に出てきて、そして初めて住んだのが蒲田だったらしい。かつて蒲田撮影所があった街、映画の街として賑わった街、そんな街で暮らすことに憧れていた少女時代。
母は自分の昔のことを殆ど話さない。「昔のこと考える時間があったらこれから先のこと考えてた方がよっぽど有意義でしょ!」そう公言して実際にそうやって生きてきたような人だ。だから蒲田で住んでいたという話も本人から聞いたわけではないかもしれない。たぶんどこかのインタビュー記事か何かで目にした話なのかも?
十八で上京して蒲田に住んで、そこから大学に通い、劇団に入り、初めて映画に出たのは二十四歳、端役ではあったがそこから順調に仕事も増やして女優としての地位も落ち着き始めた三十一歳の時、私が生まれた。いわゆるできちゃった婚で入籍をしたが二年ばかりで離婚している。当時はそれなりにメディアでも取り沙汰されたらしい。離婚して思うところが何かあったのか、その頃まで住んでいた蒲田から引っ越しをした。だからかなりの年数をこの街蒲田で暮らしていたことになる。そういうことでは私も蒲田と少しは縁があるのだろうけど当時の私は二歳とか三歳ぐらいでその頃の記憶は全くなかった。初めて訪れた街だと思っていたのも当然のような気がする。