「では次に、良子さんに取り乱して泣いてしまう弔問客をやってもらいますんで。それを優しく介抱する喪主をやりましょうか」
「なるほど。良子さん、頼んだわよ」
弘江は居間の外にいる良子さんにお願いする。
「任せといて。上手く出来るか分からないけどやってみるわ」
いささか緊張しているようである。
「じゃあいきますよ。よ~いスタート」
と、高橋さんが言うと、居間に飛び込んでくる良子さんの足音がする。
「あ、昭雄さん! なんで……なんで死んじゃったの……残された弘江ちゃんはどうするのよ! ねえ昭雄さん! ねぇ何とか言ったらどうなの、昭雄さん」
もの凄い熱演である。わしの身体を掴み、ガツンガツンと揺らしてくる。
「す、すごいな……」
高橋さんも驚いているのが分かる。
「じゃあ弘江さん、良子さんを優しく介抱してあげてください」
「あ、はい。良子さん……ありがとうございます。こんなに良子さんに思われてたなんて……うちの主人は幸せ者です。さあ、こちらで少し落ち着いてください」
弘江は泣き崩れている良子さんを、そっと引き離す。
「そうです。今みたいに棺桶にすがり付いて泣かれる方がいましたら、喪主が優しくその場から離してあげましょう」
智美さんが小さく拍手しながら入って来る。
「良子さん、上手だったわ~」
「そうかしら」
「そうよ。私も自然にご案内できたわよ」
高橋さんもえらく感心しており。
「どなたか特定の人を思い浮かべたんですか」
得意気に答える良子さん。
「実はね、幸夫ちゃん。橋幸夫ちゃんだと思ってやってみたの」
「そっか~、あんた橋幸夫のこと大好きだもんね」と納得する智美さん。
「うちの人じゃ全然似てないでしょう」
「いやいや、よく見たら似てるんじゃない。耳の形とか」
弘江と智美さんが「なによそれ~」と笑い出し、綾小路きみまろのライブ会場でよく聞くタイプの笑い声が家に響き渡る。
一体何の時間なんだと、ため息しか出ない。
玄関が開く音がして「こんにちは~」と女の子の声がする。
「あ、綾乃ちゃん来てくれたの。入って」と
大きな声で招き入れる弘江。
制服を着た「綾乃ちゃん」と呼ばれる女子高生と、工事現場の格好に手には黄色いヘルメ
ットをもった男性も入ってきた。
「あら、隆司くんも。ありがとうね」
照れ臭そうに頭をペコリとする隆司くん。