いやいや、その時はわしか弘江どちらかがいない時だ。勿体ぶる事でもないだろうに。
「あ、そうそう弘江さん。弔問客の役をやってくれる人達はどうなりました」
弘江は目を細めて壁にある時計を睨み。
「それだったらもう来ると思いますよ」
そうだった……これの為に何人にも声をかけていると張り切っていたんだった。
外から、人生の年輪を感じさせる大きな笑い声が聞こえ、すぐに玄関の扉を開ける音がする。
「弘江ちゃん、遅くなってすみませんね」
「どんな塩梅ね」
「あ~良子さんに智美さん。上がって上がって。今からやるところよ」
弘江が通ってるフラダンス教室のおばちゃん連中か……うるさいから苦手なんだがな。
「お邪魔しますよ~」
良子さんの声が響き渡る。
「いらっしゃい。暑いのにごめんね」
弘江が出迎える。
「私たちが弔問客をやればいいのよね」
智美さんは何やらワクワクしている様だ。
「そうそう。適当に合わせてもらえれば」
「何言ってんの」と首を横に振る良子さん。
「昭雄さんが亡くなった時の予行練習でしょ。ちゃんとやるわよ」
非難する代わりに、顔を思いっきりしかめ、これでもかとため息をついてやったが気が付かれていない。
一通り、高橋さんも挨拶を済ませると、急に先生モードに切り替わる。
「じゃあ早速やりましょう」
と、ラジカセからお経の音を流す。
喪主席に弘江は座り、わしは言われるがままに棺桶設置予定場所に横になり目を閉じる。
「ここで弔問客の智美さんが来ます」
目を閉じていても高橋さんの張り切り具合が分かる。
智美さんが泣き真似しながら入ってきて、弘江の前に座る。
「……この度はご愁傷さまでした」
「ご丁寧にありがとうございます。あの、主人の顔、見てあげてください」
智美さんがわしの顔を覗き込む気配がする。
「あの……昭雄さん……(笑い出し)ぷぷっ……ハハハ、ダメだ! 笑っちゃうわ」
「ちょっと智美さん、真面目にやってよ」
「ごめんごめん。だって昭雄さんが変な顔してるから」
「あなた、変な顔しないで」
わしは目だけを開けて非難する。
「こっちはただ目を閉じてただけだろ」
変なツボに入ったらしく、ずっと笑っている。
高橋さんは「仕方ないなぁ」と言い、智美さんを居間から出し戻って来る。