ということになっていたであろう。菓子を買うときもあるし、買わずに話すだけの時もあったが、裕樹が店に通い始めて数回目の頃から二人の挨拶は、
「こんばんは」
から
「お疲れさま」
に変わっていた。彼が他の店で買った夕食用の弁当を彼女に見せて話をしたり、彼女が普段に使っている飲食店を彼に教えて彼がそこへ食事に行った感想を彼女に伝えたり、お互いの仕事での出来事を話したり、そういったことが繰り返された。しかし、二人のそういう時間はデパートの店頭だけでの出来事だった。彼女が自分の個人的な連絡先を彼に教えなかったからだ。
「里華さんの電話番号とアドレスを教えて欲しい」
「そういうことしちゃいけないって会社の決まりがあるから、できないんです。ごめんなさい」
「それは厳しいなぁ」
そう言いつつ、仕方ないな、と裕樹は思った。彼も、現職と前職の任期の切れ目にデパートで販売のアルバイトをしていたことがあるから、店員と客が店頭での出会いからいい仲になってしまうことについては昔ならともかく今のご時世ではなかなか難しいことも多いとわかっていた。でも、
「お店に会いに来てくれてお話ができればそれが楽しい」
と言う里華に裕樹は、いつかなんとなるのではという妙な期待をしてしまっていた。
お歳暮商戦も終盤を迎えていよいよクリスマスというある日のこと、裕樹は里華に何かお土産を買っていこうと思い立ち、彼女がいるデパートとは違う、駅前にあるホテルの売店をうろついていた。その日は昼間にこのホテルで人と会う約束があって、用事が済んだあとに売店でお菓子を眺めていた。品川駅高輪口のすぐ前にあるこのホテルには裕樹もよく出入りしていて、24時間営業のレストランでホテルにしては比較的安価で良好な料理を食べられるため、裕樹も時々利用していた。ホテル内は今日もビジネス客や観光客で非常に混雑していた。売店には東京の名物と呼ばれるような土産物が多数並んでいて、話し声からタイかベトナム辺りから来たと思われる観光客が楽しそうに買い物をしていた。その様子を眺めながらふらふらと歩いていた裕樹がある菓子の前で突然立ち止まった。そこには雷おこしが並んでいた。なぜ立ち止まったのか、彼自身にもわからなかったが、その時、頭の少し上から声が聞こえたような気がした。
「おこし買って。いっぱい買って」
裕樹は、まさか、と思ったが、里華にそう言われたという確信があった。目の前にある1袋500円の雷おこしを2袋取り、いきなり5つも6つも持っていったら迷惑だろうからとりあえず2つにしようと思いながら、売店のレジに向かった。そしてすぐに、里華がいるデパートへ向かった。
店頭でいつものように、
「お疲れさま」
という挨拶を里華と交わしたあと、裕樹は買ってきたばかりの雷おこしを彼女に手渡した。
「はい、お土産」
「えっ、何、これ」
「雷おこし」
「私、おこし大好物。でもなんでわかったの」
「ホテルの売店に行ったら突然頭のこの辺で『おこし買って。いっぱい買って』って里華さんの声が聞こえたような気がしたから。テレパシーかな」