離れがたい気持ちを必死に押さえながら、裕樹はその場を去った。里華は裕樹の姿が見えなくなるまで、店頭で見送っていた。
今日は11月の最初の土曜日。お歳暮というとこれまでは12月の中頃になってようやく動き始めていた裕樹だが、今回はやる気が違う。なんと言っても目的の7、8割は里華に会うことで、残りがお歳暮だったからだ。
朝起きてからヒゲを剃った。剛毛のため、これまで経験した床屋ではすべての店でヒゲ剃りの時に顔を切られた。だから自分で剃る方が綺麗かつ安全に剃れる。大学生の頃は力を入れすぎて皮ごと剃ったこともあるが、この歳でもうそれはない。でも今日はいつもより丁寧に剃った。荒っぽく逆剃りすると皮膚が荒れるからだ。
例によって19時を過ぎてから里華の店に着くように裕樹は家を出た。そして店に着くと予想通り里華ともう一人だけが店頭にいて、そのもう一人は別の客に忙しく対応している。これはまさに大チャンスと思いながら、今日はショーケースの内側にいる里華の前へ一直線に向かった。
「こんばんは。お歳暮を買いに来ました」
「あっ、こんばんは。本当に来てくださったんですね。ありがとうございます」
「もちろん。里華さんの綺麗な顔を見るのが8割、お歳暮が2割ですから」
「えっ、ほんとに。うれしい」
お歳暮を買うのがこんなに楽しいと思ったことがない裕樹は、配送伝票に宛先を書きながら時々里華の顔を見て話を続けた。里華もその場を離れることなく、裕樹との会話を続けた。3件の宛先を伝票に書き終えると、それを里華に手渡した。
「ありがとうございます。商品はこちらの5千円のものを3つでしたね」
「そうです。お願いします」
裕樹が選んだ商品は店の主力菓子を詰め合わせた『お歳暮好適品』という表示があるもので、先月里華が勧めてくれたものだった。
支払いを済ませると、里華が店のスタンプカードを作ってくれた。
「一回のご来店ごとにスタンプを一個押します。スタンプが満タンになったら粗品を差し上げます」
「どんなものが貰えるんですか」
「その時のお楽しみです。せっせとご来店ください」
「わかりました。ちょくちょく買いに来ますよ」
裕樹はこれまで職場と下宿の往復、そして週末の疲労爆睡を繰り返す日々を送っていたが、唯一の楽しみである仕事帰りの百貨店放浪に素敵な華が加わった気がして嬉しくなった。しかし、あと半年で東京を去らねばならないであろう自分の境遇についてはどうしようもなく、去年の今頃にこういう風になっていれば良かったのにと思いながら、とりあえずは明日からもこの店に来ようと決めた。
お歳暮を里華の店で買って以来、裕樹は週に2、3回はその店を訪れるようになっていた。彼には通常の食事以外に間食をする習慣がなかったから、自分で食べる菓子を買うことなどこれまでほとんどなかったが、彼女に会いたいのと、売っている菓子の味が口に合ったこともあって、細かいものを買うようになった。本当は店に毎日通いたかったのだが、毎日行くと目立ってしまって彼女の上司や百貨店の社員たちに警戒されると面倒くさいから、週に2、3回にした。それでも同じ店の店員や他店の店員たちから見れば、
「あのお客さんまた来てる」