「10月でもお歳暮としてお買い上げになるお客様はいらっしゃいますが、11月でも問題ありませんし、来月にはお歳暮用の新商品も入って参ります。配達日の指定もできますので、お買い上げは早めでも大丈夫です。お客様のご都合でお決めになってよろしいと思いますよ」
「わかりました。11月になったらまた来ます」
すると彼女が袴のポケットから名刺を出してきた。
「岸本と申します。よろしくお願いいたします」
そこには、社名とともに彼女の名前、「岸本里華」が書かれていた。
まさかこういう流れになると想像していなかった裕樹は慌てて鞄から名刺入れを引っ張り出して、うっかりして人から貰った名刺を里華に渡さないようによく確認しながら自分の名刺を手渡した。
「佐藤です。よろしくお願いします。里華さんとおっしゃるんですね。いい名前だ」
「ありがとうございます。大学にお勤めなんですね。どんなお仕事を」
「コンピュータの面倒を見る仕事ですね」
「へぇ、すごい」
「すごくないですよ。人を相手にする仕事の方がはるかに大変だ。里華さんは学生さんなんですか」
「いえ、もう終わっています。就職して2年目です」
単純に計算すると、もし里華が大卒で勤務2年目なら裕樹とは28歳の年齢差があったが、彼女は妙に大人に見えた。老けて見えたのではない。見た目は年相応に若いのだが、心が年齢よりも成長しているように見えたのだった。
「前からこのお店にいらっしゃいましたっけ」
「10月の初めにここへ転勤してきました」
「それまではどこに」
「大阪の千里です」
「それじゃぁこちらに引っ越してきて。元々東京の人なんですか」
「はい。今は実家からの通勤ですから、何かと楽になりました」
「そうですね。実家なら何かとね」
「えぇ」
初対面にもかかわらず、とてもそうとは思えないほど急激に親しくなってしまっていろいろと話し込んでいた。今日、裕樹は里華をナンパするつもりでこの場所に来たのだったがとっくにそのことは忘れていて、彼女と一緒にいるこの瞬間に今までにない幸福を感じていた。そして、気がついたら20時閉店の音楽が場内に鳴り始めていた。
「11月の初め辺りにまた来ます。お歳暮はここでやりますよ」
「ありがとうございます。是非お願いいたします」
「じゃぁ、また」