デパ地下食品売り場のテナント社員はほぼすべてが自社の制服を着ている。特に女性が着る制服はそれぞれの店で個性豊かなデザインが多い。里華の制服は女子学生が卒業式に着る羽織袴を思わせるデザインだ。薄い乳白色の羽織を着てその上に紺色の袴を穿き、袴と同じ紺色の頭巾を巻いている。柄もなくシンプルだが、遠くからでもよく目立つから接客には向いているデザインかも知れない。そして足には白い足袋と和装の草履だ。名前の文字が示す通り華の有る艶やかで鼻筋の通った美形であり、背筋が伸びて姿勢も良い里華の姿は非常に華やかなため、店内では際立つ存在だ。妙な声がけをしてくる者たちもいるが、冷静沈着な性格のため変に舞い上がったりヒステリックになったりというようなことはなくいつも見事にかわしている。
今日もまもなく20時の閉店間近となっていささかほっとしているところだが、閉店前の惣菜値下げを狙って駆け込んでくる客で売り場は騒然としていて閉店までまだまだ気を抜けない。ただ、閉店間際に里華の姿に見とれて思考停止状態になった男が一人いたことについて里華が知っていたかどうかは定かではない。
翌日、裕樹は19時少し前に昨日と同じ場所、デパ地下に来ていたが、デパートに入ってからはいつものように店内を徘徊していた。目的地に行く前の心の準備をするためだ。でも今日は商品がほとんど眼に入らずいささか上の空だった。すでに心は彼女で一杯になっていたからだ。F1レースのフォーメーションラップのような気分でふらふらと歩き回っていた。そして腕の時計が19時過ぎを指したのを見て一気に目的の場所へ向かった。
店の前に着くと思った通りお目当ての彼女ともう一人が店頭にいるだけだった。幸いなことに客もいない。ほとんどの客は19時を過ぎてそろそろ値下げが始まる惣菜コーナーの方に集まっていて、閉店前の値下げをしない菓子店の前に客の行列はなかった。裕樹はいかにもショーケースの中にあるものを品定めするような様子で、といっても半分は本当にこの店の商品をお歳暮に使うという考えもあったのだが、半分はショーケースの前に美しく立って客を待っている彼女が狙いだった。何食わぬ顔をするように努力しながらゆるゆると彼女の横で立ち止まると、反対側を向いていた彼女が体を裕樹の方に向けて声を掛けてきた。
「何かお探しですか」
「この辺りの商品は、お歳暮にしても良いようなものですか」
「えぇ、大丈夫ですよ。お陰様で多くのお客様にご利用いただいております」
「いつもは他の店でお歳暮を買っていたんですが、今回はちょっと変えてみようかと思って」
「でしたらこちらの詰め合わせなどはいかがでしょうか」
裕樹にとってはまさに期待通りの展開だった。彼女のつぶらで綺麗な瞳に思わず見入ってしまっていた裕樹だが、彼女も接客に慣れているのか目をそらすこともなく、商品の方を見るとき以外はお互いに見つめ合って話していた。でも初対面なのに昔からこの人を知っていた気がする。しかもこれだけ見つめ合って話しているのに妙に温かい気持ちになって、緊張するというより幸せな気分になるのは一体何だろうと裕樹は不思議に思っていた。商品の説明を一通り受けて、目の前の彼女はもちろん気に入ったが商品についても問題ないと感じた裕樹は、今年はこの店でお歳暮を買おうと決めた。
「でも10月にお歳暮ってちょっと早いですよね」