ぼくは、品川へ向かう電車をこの歩道橋から見るのが好きだ。
「あれ?お前、何やってんの?」
「電車見てる。専門終わったの?」
お兄ちゃんの方を向かずに、ぼくは返事をする。
「終わったけど……いやいや、傘ぐらいさせよ」
「やっと、この街出れるね」
呆れたときのため息が聞こえる。このため息が聞こえるとムカつく。
「そんなに、蒲田嫌いだったっけ?」
出た、からかうときの口調だ。わっかてるくせに聞いてくる。
「当たり前じゃん。ゴミゴミしてるし、居酒屋とかパチンコ屋ばっか」
「将来、お前もお世話になるぞ。絶対」
「あっちは、綺麗な川があって、空気も綺麗だし」
「綺麗な川って、同じ多摩川だろ。山じゃあるまいし、空気もそこまで変わんないって」
気持ちがざわざわしてくる。
「新しい家、マンションなんでしょ。もう、お風呂も壊れない」
「あっちに黒湯はないぜ。お前、銭湯の方が好きじゃん」
イライラする。
「美味しいものもありそうだし!」
「楊さん家の油淋鶏は、しばらく食べれなくなるけどな」
「あっちにはキャンプ場もあるんだって!」
「誰と行くんだよ。新しい友達できるかな?」
「出来る!それに、うるさいプレス機の音もしなくなるし、ボロくて煙ったい工場から出れる!お父さ………あんな奴がいた所から出られるんだから最高だろ!」
直後、頭に衝撃が走った。お兄ちゃんにゲンコツを食らったと理解するまで、時間がかかった。お兄ちゃんは、歳が離れているからか、口は出しても手を出したことはなかったのに。
「お前な、いい加減にしろ!だから、お前はお子ちゃまなんだよ」
「何がだよ!お兄ちゃんだって思ってただろ!いっつも工場にこもってさ、家ではいっつもごろごろしてるだけで、ろくにどこかに連れてってくれない。貧乏でお風呂も直さないし、ゆんぽのお父さんみたいに面白くもないし、ヤンちゃんのお父さんみたいに格好よく料理も作れないし、バントウのお父さんみたいに優しくもない!」
息が切れる、肩も震えている。
「今日、みんなのお父さんとお母さんから、お父さんのこといっぱい聞いた。けど、どれもぼくの知らないお父さんばっかだった。お父さんは、ぼくらのこと嫌いだったんだろ!」
お兄ちゃんは、深くため息を吐いた。ただ、いつものからかうためのため息と違った。それが、またイライラする。
「何だよ!偉そうにすんなよ!」
「……違うんだよ、聞けって。お父さん、不器用なんだよ。昔は料理だってたまにやってたんだぞ。お前小さかったから覚えてないだろうけど、お父さんが作ったチャーハンをお前が、まずいって泣きさけんだから、お父さんそれから自信なくして料理作らなくなったんだよ。まぁ、確かにあれはすげぇ不味かったけどな」
そんなこと、全然覚えていない。