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『ぼくは雨中を視る』十塚三太

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「それとな、お母さんに言うなって言われてたけど、お前が生まれる前に、お父さん、友達の借金を肩代わりしたんだよ。その友達、逃げちゃったけど、お父さん、優しいからさ、友達のことを恨まなかった。ただ、俺らに貧乏させてたのは、すごく申し訳なく思ってた。だから、遊びに連れて行かなかったんじゃなくて、連れて行けなかったんだよ。子供に貧乏な思いをさせてるから、酒も家では一切飲んでなかったしな。お父さん、酔うと明るいんだぞ。とにかく、俺ら食わすために、毎日毎日、工場にこもって頑張ってたんだよ」
「ぼくは、何にも知らない!ぼくだけ何にも知らされてない!そんなの卑怯だ!じゃあ……じゃあ、なんでいなくなっちゃたんだよ!」
「……さあな、それは俺にもまだわからない」
 お兄ちゃんは、軽く目をこすり、「殴って悪かった」とバツが悪そうに言って、頭を掻いた。
 その後、二人で黙ったまま線路上を見つめていた。雨と電車の音がやたら大きい。暫くすると、バッとお兄ちゃんがこちらを向いた。
「よし!久しぶりに観覧車でも乗るか!」

 蒲田駅に併設されている東急プラザの屋上には、子供が乗るような、小さい観覧車がある。
 雨は、“ぽつぽつ”でも“しとしと”でもなく“ざーざー”と言う言葉が一番合うぐらい勢いを増していた。
「さすがに、こんだけ雨降ってると、人いないな」
 係員さん以外の人は誰もいない中、音楽だけが鳴っていて少し寂しい。その中で、観覧車は、ゆっくりと回っている。
 数年ぶりに観覧車に乗った。狭い。昔はもっと広く感じたのに。
 観覧車は、ガタガタと音を立てながら頂上へと昇っていく。
「今の俺らに見える景色なんて、こんなもんなんだよな。たぶん」
 お兄ちゃんが、雨と霧で霞んで、近くのビルぐらいしか見えない景色を見ながらぽつりとつぶやいた。
 ぼくは、ふと下を覗き込む。昔、珍しく、お父さんがここに連れて来てくれたときのことを思い出した、その時のぼくは、嬉しくて、観覧車の頂上からお父さんに向かって夢中で手を振っていた。お父さんも、恥ずかしそうに笑って手を振り返してくれていた。
「修平、俺、青梅には行かない。蒲田に残って一人暮らしするから。そんで、学校卒業したら、お父さんみたいな職人になって、工場再会させる。お父さんが、いつ戻ってきてもいいようにな」
 途端、涙が溢れ出てきた。ぼくこそ卑怯で、嘘つきで、見栄っ張りだ。お父さんが、優しかったこと、理由は知らなかったけど、ぼくらのために、頑張って仕事をしてくれていたことを、ぼくは、全部わかっていた。だけど、ぼくらの前から勝手に姿を消したことが、何も相談してくれなかったことが悲しかった。悩んでいたお父さんに、優しくできなかった自分のことが悔しかったし、認めたくなかっただけなんだ。
 雨と霧で霞んだ景色が、涙で滲む。ぼくは、次から次へと溢れる涙を拭って、今見えている、この景色を目に焼き付けようと必死だった。
 ゴミゴミしてるし、飲み屋ばっかだし、毎朝、7時半に動くプレス機がうるさくて、いつも煙ったい我が家があるこの街が嫌だった。
 けど、昔からやってる八百屋とか銭湯みたいな店がいっぱいあって、美味しいゆーりんちーがあって、おっきな多摩川もあって、何より、ゆんぽとバントウとヤンちゃんと、みんなのお父さんとお母さんと、ぼくのお母さんとお兄ちゃんと、そして、お父さんと一緒に育った、この街を忘れないように。
 雨の向こうにある、晴れた景色を見れるように。

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