ただ、ゆんぽのお父さんに、うちのお父さんとお酒を飲みに行っていたときの話をされたけど、それがすごく意外だった。話の中のお父さんは、ぼくの知っているお父さんと違って、ふざけるし、おどけるし、とても楽しい人だった。同じ人とは思えないほどに。僕は、それを聞いて変な感じがしたし、少し悲しい気持ちにもなった。ぼくらには、そんな楽しい姿を見せたことないのに。
ゆーりんちーを食べきって、お礼を言って店を出ようとしたとき、「修ちゃん、元気でね。こっち戻って来たときはいつでも来てね。油淋鶏いっぱい用意しておくから。うちは、修ちゃんのお父さんとお母さんには本当によくしてもらったから」と言われた。
何でも、二人が日本に引っ越して店を出したときは、日本語が、もっとかたことで、知り合いもいなかった。そんなときにお客さんとして来たお父さんが、色々日本のことを教えてくれたし、世話をしてくれたらしい。
そんなことがあったなんて全然知らない。お父さんは、自分のことをあまり話さなかった。なんで言ってくれなかったんだろうと思う。ますます、お父さんのことがわからなくなってきた。ぼくらのことが嫌いだったのかな?せっかく美味しいゆーりんちー食べたのに、喉の奥で苦い味が広がった。
黒湯ってやつは、いつ見ても不思議だ。見た目は本当に真っ黒なのに、体に色がつかない。手ですくいあげると、徐々に透明になっていく。このお風呂に入るたびに、お湯をすくってはこぼしてを繰り返してしまう。
「うおー!!電気風呂はバリバリだぜー」
まだ、夕方前だからか、常連のおじいちゃんたち数人が、脱衣所で世間話をしているぐらいで、貸切状態をいいことに、ゆんぽがはしゃぐ。
「うちのジェット風呂は、蒲田で一番だな~」
バントウも、わざと震えた声を出して便乗する。
「ヤンちゃんもシルク風呂でおはだピチピチになるね」
ゆんぽが、笑いながら言うと、女湯の方から「うるさい」という声とともに石鹸が飛んできた。石鹸は、ぼくのところに落ちて、お湯がかかって顔がびちゃびちゃになった。
「言ったのぼくじゃないよ!」
「連帯責任!」
ゆんぽとバントウが、ゲラゲラ笑っている。絶対、ふたりとも言葉の意味をわかっていない。雰囲気だけで笑っている。ヤンちゃんもそれをわかって難しい言葉をわざと使っている。ヤンちゃんは、やっぱり女子だけあって、ぼくら男子よりちょっと大人でしっかりしている。普段、ヤンちゃんは女子と一緒に遊んでいるけど、ぼくらが誘えば、たいていは来てくれる。
ぼくは皆といるときが一番楽しい。他に仲の良い友達も、もちろんいるけど、この4人は特別だ。よく考えれば、親同士もずっと仲が良い。だから、ぼくらも昔からずっと一緒にいる。
朝、引越しを告げられたときは、嬉しさだけだったけど、なんか変な気持ちになってきた。ぼくは、顔を洗うふりをして、二人から絶対に見えない黒湯の中に顔を静かにうずめる。
お風呂から出ると、バントウのお父さんがコーヒー牛乳をタダでくれた。バントウのお父さんは、すごく優しくて、いつもニコニコしている。だからか、バントウもすごく優しい。バントウのお父さんは、「修ちゃんは、お父さんに似てしっかりしているから、違う小学校に行ってもきっと大丈夫だよ。それよりも、しっかり者の修ちゃんがいなくなって、うちの子、大丈夫かな」と、心配そうな顔をしていた。
ぼくのお父さんがしっかりしていた?家族に黙って勝手にいなくなるような、そんなお父さんのどこがしっかりしていたというだんろう。