「嘘?だったとしたら、あんた達、最低」
「ううん、本当だよ。お母さんの実家がある青梅に引っ越すことになった」
「でも、そんな、急に何で?」
バントウが、不安そうな顔で聞いてくる。
「お父さん、いなくなっちゃったんだよ」
「えぇ!?そうだったの!?」
何故かゆんぽも一緒に驚いている。聞かれなかったから、あえて言ってなかった。
「何で、ゆんぽも一緒に驚くのよ」
「いや、森とか綺麗な川がある場所に引越すなんていいなぁっていうのと、二人を驚かすことで頭がいっぱいで、すっかり理由聞くの忘れてた」
バントウが、「ゆんぽは、やっぱりバカだなぁ」とケタケタ笑ったことで、ゆんぽが、滑り台を勢い良く下りて、バントウにヘッドロックをかける姿にまた笑えた。三人とも、もちろん理由を聞きたがったけど、ぼくが顔を曇らせて「そこは内緒」というと、そこはもう小学四年生、なんとなく“複雑な事情”ってやつがあるのを察したのか、納得してくれた。
「よし、皆で、ゆーりんちー食べて、うちのお風呂入ろう」と、バントウが、急遽、ぼくの送る会をしようと言ってくれた。ヤンちゃんもそういうことならと、お父さんに言ってくれるらしい。
「急ごうぜ、なんか雨降りそうだしさ」
急いで自転車に跨って空を見る。気がつけば、空一面が、牛乳をこぼしたみたいに白い雲でいっぱいになっていた。
魔法のタレと山盛りのネギがたっぷりとかかったゆーりんちーは、さながら、キラキラと輝く宝石だ。毎度、目の前に出されると生唾を飲み込む。
「しばらく、うちの油淋鶏食べれなくなるから、たくさん食べていって。遊歩くんも、野菜ありがとう」
ヤンちゃんのお父さんとお母さんは中国の人だ。だから“ゆーりんちー”の発音がすごい格好いい。あと、中華鍋を振る姿が、これまた格好良い。仏頂面で工場にこもって、金属をずっと削っているうちのお父さんとは大違いだ。
「うめえ!やっぱヤンちゃん家のゆーりんちーは最高だな。こんな美味しい料理作ってくれるお父さんがいて最高。うちの親は、あんな感じだからなぁ、たまんないよ」
「なんで、ゆんぽが先に食べるのよ!」
ゆんぽは、へへへと笑って、もう一個口に運んだ。ヤンちゃん家に来る前にゆんぽの家に寄った。お母さんが、引越すことを伝えていたらしく、ぼくの顔を見た途端、ゆんぽのお父さんが、勢い良く近寄ってきて「修ちゃん、聞いたよ!引っ越すんだろ!寂しくなるなぁ!うちのバカと仲良くしてくれる友達が減っちまう」と、肩をばしばし叩かれた。それに、たくさん野菜をくれた。その間、ゆんぽは居心地悪そうにしていて、それを見て、ぼくらはくすくす笑った。
ゆんぽの家は、常に活気がある。そんな楽しい家庭で育ったゆんぽも楽しい奴だ。それに比べて、ぼくのお父さんは全く面白くなかった。仕事が終わったら、ご飯食べて、テレビ見ながらごろごろして、お風呂に入ってすぐ寝る。その繰り返しが、お父さんの姿だった。