ゆんぽが、劇をやる時みたいにわざとらしく大きい声で得意げに叫ぶ。その姿が面白くて思わず笑ってしまう。
「えぇ…じゃあ、どうしたら教えてくれるんだよう」
バントウの情けない声と顔がまた可笑しくて、笑いをこらえるので精一杯だ。
「わかってるじゃないか、バントウくん。君の家のお風呂にただで入らせてくれるなら、教えてあげてもいいかなぁ、なんて。ねぇ、修ちゃん?」
「うむ、それが良い。バントウくん、ぼくは黒湯に入りたいな」
「えぇ、またぁ。どうしよう、また父ちゃんを説得しないと」
バントウの家は、昔から銭湯をやっていて、ぼくも小さい頃からお父さんにバントウの家の銭湯に連れて行かれていた。ぼくの家は、死んだお爺ちゃんが建てた家らしく、お風呂もボロくて、いまもちょこちょこ壊れる。気にしていないのか、お金がなかったのか、はたまたケチだったかは知らないけど、お父さんは、お風呂を直さなかった。だから、その度にバントウの家の銭湯にお世話になっていた。
ゆんぽとヤンちゃんもよく銭湯に来ていて、皆と初めて会ったのも、銭湯で、気がついたら皆と仲良くなっていた。
バントウのお父さんが、受付をやっていて、小さい頃のバントウは、いつもその膝の上にちょこんと座っていた。小さかった頃のぼくたちが「何ていうの?」と名前を聞いたら「バントウ」と答えた。バントウには「何やってるの?」、と聞こえたらしく、それ以来、“番頭”と苗字の“坂東”も似ているので「バントウ」と呼ぶようになった。
「で、私は、何したらいいの」
お澄ましが限界にきたヤンちゃんがイライラしている。怒ったヤンちゃんは、ちょっと怖いので、ごほんごほんとゆんぽに目配せした。
「修平様は、ヤンちゃんの家の『ゆーりんちー』が食べたいと言っている!」
「はぁ!?この前も食べさせてあげたでしょ!?」
ヤンちゃんの家は、駅前の商店街で昔から中華料理店をやっている。ヤンちゃんの店にも、小さい頃からよくお父さんに連れて行かれていた。ちょっと店は油でねたねたしてるけど、料理は何でも美味しい。その中でも、ぼくが一番好きなのが『ゆーりんちー』だ。鶏のからあげに、たくさんのネギと魔法のタレがかかっていて、初めて食べた日から、ぼくの大好物になっている。
ちなみに、ヤンちゃんのヤンは名前じゃなくて苗字だ、漢字では、「楊」と書くらしい。名前は書くのも読むのも何だか難しかったから、そのままヤンちゃんになった。
「ちなみに、いつよ?」
「…今日、です」
ヤンちゃんの気迫に押されてか、ゆんぽの声は小さくなった。
「今日!?急すぎ!バカじゃないの!?無理に決まってんじゃん!」
「そうだよう、うちも無理だよ」
バントウもヤンちゃんに便乗して、ここぞとばかりに口撃してきたので、ここらで秘密を言うことにした。
「ぼく、来週、引っ越すんだ」
案の定、二人とも合わせたように「え」と言って固まった。二人の顔と声があまりにも同じタイミング過ぎて、ぼくとゆんぽは大笑いしてしまった。