チン助につられたのか、前方でもぱらぱらと拍手が起きた。同時に、「それで、何の証人になればいいんだよ」と先を促すヤジが飛んだ。
「今日まさにこの地のこの場所で」
突然、一将は芝居がかった仕草で見得を切った。
「皆々様方を証人に、この二人の跡取りの、襲名の披露をいたしたく、隅から隅までずずずいっと……」
会場がざわついた。壇上の哲雄と真哉がぽかんと口を開けている。
真偽を確かめようと、商店街の人々が会長と副会長を取り囲む。その輪の中から、至らない息子ですが何卒よろしく、と頭を下げる会長の声が聞こえてきた。
会場に大きなざわめきと、われんばかりの拍手が起きた。
壇上では、跡取り息子の二人が、駆け上がってきた仲間たちから手荒い祝福を受けている。そんな混乱の中で、端っこに追いやられてしまった一将は、それでも満足そうに、沸き返る会場を眺めていた。
(何だ、この茶番は……)
呆然としている明日香のところに、弁当屋の奥さんが近づいてきた。
「やっぱり、あなたのお父さんは、かっこいいわ」顔を赤くした奥さんが、つけまつげをパタパタいわせながら、声を上ずらせた。「昔っから、クラスのヒーローだったのよ」
「いえ、自分勝手な奴ですよ」
「ううん。そんなことはないわよ。今回のことだってね、会長から50周年記念のイベントにって声をかけられたんだけれど、カズくんたら、過去を記念するよりこれからの50年のほうが大事だろうって、あの頑固おやじの会長を説得して、息子さんに代替わりさせたんですって。カズくんのマネージャーさんが教えてくれたわ」
「ほら、あの人よ」と奥さんが指さす方を見ると、一将にくっついていた例の地味な女が、こちらに向かって丁寧に頭を下げていた。
「あの人、まじめでしっかりした人ね。カズくんのこと、尊敬しているんですって。ふふふ。でも、ちょっと、妬けるわ。きっとあの人、カズくんのことが好きなのよ。これは、女の勘」
そう言い残すと、奥さんは盛り上がる同級生の集団の中に入っていった。
沸き上がる会場の中で、明日香はひとりだけ取り残された気分になっていた。
(どいつもこいつも、一将に上手く乗せられやがって)
明日香の苦労を誰もが知っているはずなのに、この街から出ていった身勝手な男を、こんなにも簡単に受け入れてしまうとは。哲雄と真哉にしても、ついさっきまで親の文句を口にしていたくせに、あんなに嬉しそうな顔をして……。
(何もかもが面白くない)
ふと見ると、壇上の一将が拡声器を口に当て、何かを話し始めた。しかし、いくつかの人だかりに分かれて、てんでばらばらに盛り上がっている会場で、一将が話をしていることに気付いている人はいなかった。二人だけを除いては。
明日香と、少し離れたところで例の地味な女が、じっと一将を見詰めていた。
「みんな、聞いてくれ。こんなにみんなが喜んでくれて、俺は嬉しい。こんな俺でも少しは役に立ったのかも知れない。で、ついでに、みんなに聞いてもらいたいんだが、俺が今ここで感謝の言葉を送りたいやつがいる。それは、俺の代わりに長い間家を守ってくれていた、俺の娘だ。明日香、お前には苦労をかけっ放しだった。心の底から、感謝している。ありがとう……」
最後のほうは、関係のないところで起きた歓声にかき消されてよく聞き取れなかった。一将も壇上で肩を竦めている。
(なんだよ、ついでにって、そんな程度の話なのかよ。感謝の言葉なんかでごまかされるかよ。ふざけるな、一将)
並べ立てた悪態とは裏腹に、明日香の目から暖かい涙があふれ出て、これまでの苦労を流し去っていった。
地味な女がこちらを見て頷いている。明日香は思いきり睨み返してやったが、ちゃんと凄みを効かせられたか、自信がなかった。
その時、ひな壇の近くで、人に押されてよろける老人の姿が目に入った。
「ばあちゃん! いつの間に抜け出してきたんだ!」
明日香は、腕で涙を拭きとると、慌てて人込みをかき分けた。