先に壇上にいたスーパーの社長が太鼓腹を震わせて、トランペットを吹き鳴らす。ファンファーレ? いや、行進曲だ。威風堂々とやって来いということか。何と大げさな。これは、ダサい。思わず明日香は失笑した。
その時、壇上に掲げられていた横断幕が突然張りを失い、ひらひらと舞い落ちてきた。計画通り、哲雄が留め綱を解いてくれたのだ。横断幕はそのままスーパーの社長の頭に覆いかぶさり、トランペットの音が元気なくしぼんだ。その横では、出鼻を挫かれた一将が、見物客に向かって手を広げた格好のまま動けなくなっている。
これは愉快だ。横断幕が一将の頭にかかれば最高だったが、まあ、ベストのタイミングだろう。見物客の悲鳴とざわめきが、笑いに変わっている。グッドジョブ! テツ。
主宰者たる商店会の会長と副会長、つまり哲雄と真哉の親父たちが大慌てて壇上に登り、もがくスーパーの社長から何とか横断幕を取り払うと、額に汗を浮かべた会長がハンカチで汗を拭いながらスタンドマイクに向かった。
そして、会場を落ち着かせようと会長が「えー」と話し始めた途端、スピーカーがキーキーと嫌な音を立て、ポンと音が落ちてしまった。聴衆を前にして、会長の口パクだけが続いている。
明日香は、見物客と一緒に大いに笑った。アンプのジャックを引き抜くタイミングが少し早かったけれど、真哉もよくやった。
さあ、一将どうする?
笑いが続く中、一将が何かを指差し、副会長が慌ててそれを一将に渡した。メガフォンタイプのハンディー拡声器だった。
「カァット!」
拡声器を口に当てた一将が、腹に響くような声で、混乱に喝を入れた。
一瞬にして聴衆が静まり返る。まずい流れに明日香は眉をひそめた。
「えー、皆さん。今のは映画で監督が撮影を止めるときの言葉です。僕はいつも、その言葉で止められる側にいるので、一度ね、言ってみたかったんですよ。カットってね。いやあ、これは実に気持ちのいいもんですな。皆さんもやってみるといいですよ」
面食らって固まっていた会場の空気をほぐすように、あちこちで遠慮がちな笑いが起きた。一将のペースに乗せられていく。
「今日はね、会場の皆さんに、あることの証人になってもらいたくて、真っ白なスケジュールをね、必死に調整して、わざわざここにやってきました」
つまらないジョークに、今度ははっきりと笑いが起こった。同時に、皆が「証人」という言葉に首を傾げた。
「そこにいる二人! 酒屋の哲雄くんと呉服店の真哉くん、こっちに来なさい」
やばい、ばれたのかも知れない。みんなの前で名前を呼ばれた二人は、明日香のほうに絶望的な情けない目を向けると、諦めたように立ち上がった。
何事が起きるのかと、見物客も前がかりになっている。拡声器を通して一将の話は続く。
「えー、皆さん。ご存知の通り、この二人は代々続くお店の跡取り息子たちでして」
ご存知の通りって、地元の人以外知っているわけがないだろ、と明日香は揚げ足取りのようなことを考えていた。しぶしぶ壇上に上がった二人は、頭を下げて謝るきっかけを窺っている。
「この二人を見てください。もう立派な若者ですよ。実際にお店の最前線に立って、頑張っているし、商売の先のこともあれこれ考えている。いやあ、大したもんです。もう後を継いでも、十分やっていける」一将に肩を叩かれた二人は、なぜ褒められているのか分からず、ただ首を竦めている。「これから50年先の商店街のことを考えたらね、こういった若者が、どんどん意見を出していけるようにしないと、いかんと思いますよ。そう思いませんか、皆さん」
明日香の後ろで誰かが拍手をした。振り返ると、頬を上気させたチン助が手を叩いていた。明日香はチン助を睨んだ。「お前は跡取りとかじゃなくて、単なるバイトだろ」
「お、俺だって、観覧車のことを、いっぱい考えてるんだ」