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『受験前夜』小川貴之

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 屋根があるところで三人横並びになり、僕の車を見る。ボンネットに広がる布団を見て、大家さんは「たぶん弥生さんとこだね」といった。
 四階に住んでいる弥生さんはもっと高齢のおばあちゃんだ。大家さんとは違って足腰が弱い。いつも買い物カートに寄りかかるようにして歩いている。エレベーターのあるマンションじゃなかったら四階には住めなかっただろう。大家さんの話によると、新居を構えた息子さん夫婦と一緒に住むことになって、このところ週末になると息子さんが引越しの準備をしに来ているとのことだった。
「朝干したまま忘れちゃったんでしょ。もうこっちには戻って来ないみたいだから、息子さんに電話してみるわ。番号聞いておいてよかったよ」
 大家さんは携帯電話を取り出してすぐに電話してくれたが、留守電になってしまった。簡潔でわかりやすい伝言を残してくれた。こういう段取りのよいタイプじゃないと大家さんは務まらないのかな、などと考える。電話を切ると姉を見て、
「彼女さん?」と聞いてくる。
「いや、姉です」
「あらそう。あんまり似てないわね」
 僕もそう思います。姉は僕のかたわらに立って、
「いつも弟がお世話になっております」と仰々しくお辞儀をした。それから背負っていたリュックから菓子折りを取り出す。僕に渡そうとしていたやつだ。
「これ、よかったらどうぞ」と紙袋ごと渡す。袋ごとでいいんだっけ。
 大家さんは大げさに笑って喜んでくれた。車と布団はひとまずこのままでよいというので、素直に従うことにした。普段は駅前の駐車場を使っていることを話すと、
「あそこは高いでしょう。うちの駐車場使っていいわよ」という。
「このマンションのですか?」
「いや、うちの住んでるとこの横に空いてるのよ」
 知らなかった。こんなタイミングでお得な駐車場を紹介してもらえるとは。
「たぶん弥生さんも大事にはしたくないだろうから修理代は出してくれるだろうし、駐車場も少しサービスするから勘弁してあげて」
「いや、もちろん構いませんよ」車のローンも残っていたので願ってもない話だった。
「ここから近いしね。屋根もあるわよ」
 それを聞いて姉が、
「じゃあ布団が落ちてきても大丈夫ですね」と真面目な口調でいった。
 一瞬の間があって大家さんはまたコロコロと笑い、「面白いお姉さんね」といった。一度、うちに遊びにいらっしゃいとまで誘われた。
 なんとなく騒動の終わりが見えたところで雨も急に小降りになってきた。弥生さんから連絡があったら電話をくれることになった。大家さんはまた菓子折りのお礼をいって颯爽と帰っていった。たいして時間は経ってないのに、一段とおなかが減っていた。雨もすっかり上がったので歩いて焼肉屋へ向かうことにした。
 二人だけで並んで歩くのは僕が高校生の頃以来かもしれない。そういえば家族全員でどこかに出かけるというのもあまりない家だった。母と姉二人で外食に出かけたり、父と僕だけで買い物に行ったり、四人で動くよりもこんな感じで二人や三人で出かけることが多かった。そのことにとくに意味はないのだけれど。ただ、会話が微妙に噛み合わない姉と並んで歩くのは、今更ながらくすぐったい気持ちになる。さっきまでは運転に集中していたので気にならなかったのだ。
「そういや親父の大学通いは続いてるの?」
「うん。毎日じゃないけどね」
 父も還暦を過ぎてからは酒の量を減らしているらしかった。見た目の衰えよりも、食が細くなったとか酒を減らしているとかの話を聞くほうがやるせない気持ちになる。

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