「…あそこの窓だよ」
湯舟から人差し指だけを出し、おばあさんが小声で教えてくれる。そうだ、竜宮童子だ。私はこっそり目だけを動かして、小窓へ視線を向けてみた。と、ガラガラと入口の扉が開き、大きな音が浴場に響いた。
「ほら、おっきいねえ」
目元がそっくりな、母親と小さな女の子だった。女の子は初めての場所に緊張しているようで、慎重な眼差しで床を見つめている。
母親が湯船から湯をすくい、子どもの足にそっとかけた。するとおばあさんも温度調整の蛇口をひねり、ぬるめのお湯を女の子にかけはじめた。
「あついだろ、あついだろ」
女の子は表情一つ変えず、なされるがままだ。二人のちいさなお節介を甘んじて受けてあげてるのよ、といった感じがする。小さな女の子の複雑そうな顔に、私はふふっと微笑んだ。
結局、女の子は湯船に入らなかった。母親に全身を洗ってもらい、脱衣所に戻っていった。
「あんたに似てたね」
「あの子と?」
優しくされると、どう振舞っていいのか分からない。仏頂面になってしまう。本当はありがとうと微笑みたいのに。
「どっちにも似てたよ」
言われてみれば、顔の雰囲気がどことなく似てた気がする。
「あんたもいつか、子どもを連れてここに来るといい」
私もいつか、子どもを産んで家族を作るんだろうか。
「自分の子どもとか、想像できひん」
おばあさんは笑った。
「想像するもんじゃあないさ。その時が来たら腹がすわるってもんだよ」
そんなもんなんかなあ、とのぼせながら私は笙のことを考えていた。大勢の家族に囲まれてそだった笙なら、子どもを持つことなんて当たり前なのかもしれない。わざわざ想像するものじゃないのかもしれない。
その相手は私だという可能性はあるんだろうか。
思い切り息をすい込むと、頭まですっぽりお湯につかった。赤茶けた世界の中、三味線の音が聞こえる。なんてなつかしくて胸がきりきりする音色なんだろう。ポロポロと点になったアコーディオンの音が、三味線の長い旋律にくっついていく。まるで数珠みたいだ。
上がろうともがいたけれど、湯船の底はなく、私は丸くなって浮いていた。
「あついだろ、あついだろ」
変なお風呂やな。くるりと回りながら、赤子みたいに声のする方へ浮上した。
二階の休憩所は座敷とテーブルがあり、正面には小さな舞台が作られていた。誰もいない舞台を見るとはなしに座り、おばあさんとサイダーを飲んだ。火照った身体にシュワシュワと冷たいサイダーがしみていく。半分飲んだところで、ふと気配を感じた。少年が隣に座り、私を見上げていた。目がギョロっと大きくて、妖怪みたいだ。どっからきたんやろう。じっと目を合わせていると、なぜだか喉の渇きを感じた。この子も飲みたいんかな。
「あげよか?」
つい、とサイダーの瓶を差し出した。少年は弾けるような笑顔を見せて、受け取った。笑うとかわいいやん。喉を鳴らして飲み干すと、ふわりと立ち上がり舞台袖に隠れてしまった。