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『ある。』二十一七月

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どうしてだろう。その言葉に体が固まった。胸の中で何かがチクリとして、瞬きが止まった。ねぇ早く。と振り返るおばあちゃんの姿はやっぱりどうしても21歳の朝子さんに見えた。

***

雑貨屋の中でおばあちゃんは終始浮かれている。極小のサボテンを見ては「きゃー」どこで使うのかわからない天井から下げられたヤカンを見ては「おー」と楽しそうにはしゃぐ。店員さんもおばあちゃんの他を寄せ付けない圧倒的なファッションセンスに怯むことなく、むしろ独特の表現で彼女を褒め称えている。私はというと、店の前の小さなベンチに腰掛けて二人のじゃれ合いが終わるのを待ちながら、さっきから止まらない胸のチクッの正体を探していた。

「だから。もっと見たくなったから」
私の感性の中にない言葉だった。それまで普通だと思っていた事が急に違うと知らされたような、当たり前の事ができてないと言われた時のような。乗っていたシーソーをいきなりグルンと回されたみたいな妙な気持ちだった。

店内の賑やかな声は全く止む気配がない。きっとまだまだ続くだろう。その間わたしはわたしでこの妙な気持ちの正体が見えないか、もう少し粘ってみる事にした。

***

「ねぇ、聞いてる?」

気がつくと、おばあちゃんが極小のあのサボテンを胸に抱えてわたしをのぞき込んでいた。かわいいリボンのラッピングをしてもらっていた。「あ、ごめん。ごめん」おばあちゃんの手にはもう一枚写真が握られていて、これが最後の一枚だと言った。そう言えば、さっきの写真の「ある。」の意味も聞いてなかったと思い出す。次に行ったら早く帰ろう。何も言わないけど体力まで若返るわけはない。わたしのもやもやの正体は結局わからないままだけど、おばあちゃんの健康を一番にすべきだ。

最後の場所は、最初に行ったあの観覧車のあるデパートだった。ま、駅まで来る予定だったしちょうどいい。むしろここでよかった。ありがとう、見どころが多彩な商業施設。

 
キッチンワゴンで売っている紅茶とコーヒーを買っておばあちゃんの待っているテーブル席まで運ぶ。私たちはまた観覧車のあるデパートの屋上に居た。

最後の写真は、このデパートの屋上から撮った空の写真だった。白黒でわかりにくいけど多分、夕方の空だと思う。なにせ今の空がまさに真っ赤な夕焼け空でそれにおばあちゃんがうっとり見とれているのだからこれ以上の正解はないと思う。

「ねぇおばあちゃん、今度の写真にはなんて書いてあるの?」

聞くと、おばあちゃんは空を斜めに見たまま「放物線のてっぺん」と、言った。

またわかり辛い表現が来た。放物線のてっぺん…。もしかしたら昔の偉い人の格言か何かかもしれない。ふとそう思って、スマホで謎の言葉を検索する。すると突然耳元におじさんの声と息がぶぁっとかかった。

「早いなぁ、やっぱり若い子は~。私も一応老人用を持たしてもらっているけど、全然だめでねぇ」

だいぶ寂し目の頭頂部をしたおじさんが、巷で流行りの年配向け携帯を私に見せながら言う。わたしは「慣れれば検索もできて楽ですよね」と、おじさんの圧からゆっくり逃れるように返事をした。するとおじさんは、だよなーなどと言いながら何の迷いもなく私たちのテーブルの椅子をひいて座り喋りだした。

「わたしらの時代はねぇ、お姉さん」とおばあちゃんを見て、続ける「携帯もないし、メールもないし、それこそ、ネットなんてとんでもない。テレビですら当たり前じゃないしさぁ。今から思うと不便だよねぇ。それがさぁ、今はすごいよ。チャチャチャのプーで外国の事もアッという間にわかるんだってね」

擬音にややクセがあるおじさんである。

「だからねぇ、昔はいっつも、未来の事考えててさぁ、ほら、あのアニメの歌あるじゃん、あんなこといいな、でっきたらいいな。って。あれだよ、まさに毎日」

おじさんはいつの間にか椅子にがっつり腰かけて完全に昔から知り合いと話す距離感になっていた。

「そしたらすごいよなぁ。ほんとになっちゃうんだもん」
急にきて急にいいことっぽい事を言う不思議なおじさんを眺めていると、観覧車の裏手から「大竹さーん」と声が聞こえ、おじさんは「いけねっ」と立ち上がり遅い小走りで去っていった。後ろ向きに右手をこちらに振っていたのが可愛かった。掃除業務中だったようだ。

おばあちゃんを見ると紅茶のカップを両手で持ちながらゆっくり左右に揺れていた。こういう若いというか、すこし幼い動きを見るとやっぱり少し不安になる。もうずっと元に戻ることはないのだろうか。思わず話しかける。

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