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『ある。』二十一七月

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おばあちゃんはわたしの対面に座り空を見上げながら写真を奪い、裏返して「ふふ」と笑った。何に笑っているのだろうと体を少し浮かせてのぞき込んでみた。するとそこには細い鉛筆文字で

「君に会いたい」と書いていた。

おじいちゃんの字だとすぐにわかった。正確にはあの写真のおじいちゃんの字だ。

「秀志さん?」と私が聞くと「ここに居たの」と、無邪気に笑った。確かに、ここで好きな人をまっすぐに思ってシャッターを切る青年の姿が容易に想像できた。写真に字って、何だかインスタみたいだ。シェアするまでに時間がかかるけど。

「はぁっ」とまるで思春期の少女のようなかわいい一息を吐いて、おばあちゃんはポーチからまた写真を1枚取り出した。今更ながらそのカバンの中身何?と思ったりしたけど、もはやそれを聞くタイミングもなさそうだ。目の前には物言いたげに猛烈な視線圧を送ってくる老婆が居た。

「次は、ここ」

写真には、小さなお店が写っていた。のれんには「氷」の文字と「甘味処 あんず」と書かれていた。

 
***

「甘味処あんず」をスマホで検索すると、駅から5分ほどの商店街の少し脇にまだあることがわかった。今だからスマホで簡単に調べられるけど、これが無かったら聞き込みとかをしたのだろうか。改めて現代の素晴らしさに感謝する。たどり着いたお店の、外観はさすがに補修されていたけれど佇まいは写真とほぼ同じだった。

写真と同じアングルでお店を眺めていると「入ろ」と手を引かれた。最近、21歳の朝ちゃんに慣れて忘れかけていたが、こうして手を触れられるとちゃんとおばあちゃんだと実感できる。

中に入るとおばあちゃんは迷わず窓際の席を選んだ。指先だけをちょこちょこ動かし「ここ、ここ」と嬉しそうにする仕草に、もうついさっき感じたおばあちゃんは居ない。そして女子大生の朝子さんに見えてしまうのが本当に不思議だった。

メニューと温かいお茶が出され、わたしはあんみつ、おばあちゃんは天ぷらそばを頼んだ

「おばあちゃん、お蕎麦なの?甘味処で?」どうしても突っ込まずにはいられなかったわたしを見ておばあちゃんは「あの人と同じこと言ってる」と笑った。食べられなくても知らないから。とぶつぶつ言うわたしにそれも同じと、今度は少し大人っぽく微笑んでいた。

「あ、そうだ。写真。今度は裏になんて書いてあるの?」一枚目の写真を見て、何となく察しがついていた。おじいちゃんはいつも写真にメッセージを書いていて、おばあちゃんはそれを巡る旅をしようとしているのではないかと。

「これ」

おばあちゃんは写真を裏向けてこちらに伸ばして見せてくれた。やっぱりあった。写真の裏には

「伝言役毎度すまない」と書かれていた。
字はやっぱり細かった。それにしても伝言役とは?頭をあからさまに右に傾けて眉間にしわを寄せていると、丼からはみ出た大きな天ぷらが乗ったそばと、あんみつが運ばれてきた。

注文時の問答を聞いていたのか、店員さんが迷わずおばあちゃんの前に天ぷらそばを置いてくれたのでわたしはひそかに感動した。普通はきっと私の前にそばが来る。年寄り扱い云々のくだりをせずに済んだし、さすが老舗の店員さんはできる、と心の中で唸った。

わたしが店員さんの見えないオーラに見とれている間に、熱々カリカリのそばを食べているのかと思いきや、おばあちゃんは箸も割らずに辺りをきょろきょろ見回していた。トイレでも行きたいのだろうか。「おばあちゃん?」と呼びかける声に被さって「ねぇ」と急に前のめり「ちょっと、あの人に『山田信二さんはいませんか』って、聞いてくれない?」とヒソヒソ言う。あの人?と店員さんを目の玉だけ動かしてチラリと見ると

「お冷ですか?喜んで!」と弾ける笑顔ですぐさまこちらに向かってくれた。やっぱりこの人は、できる。

***

山田信二さんは、ここの元店主だった。残念ながらすでに他界されていたけど去年までは元気にお店に立たれていたそうだ。おばあちゃんは信二さんにとても世話になった事を例の店員さんに伝え、会計をして私たちは店を出た。結局天ぷらそばの半分は私が食べた。わかっていたけど。

店の外でおばあちゃんは写真を見つめながら「私たち、いつも待ち合わせに失敗していたから、このお店で信二さんがいつも助けてくれたわ。ご飯もたくさん食べさせてもらったし、看板商品の甘味は一度も食べてないけどね。」と何かを落とすように言った。目には見えないけど、何かがおばあちゃんの体から出て空に昇っていくように感じた。

おばあちゃんは今、現実と幻想がオリジナルの感覚でごっちゃになっているけど、本当はおじいちゃんともう会えない事もとっくにわかっているのかもしれない。ふと、寂しげに思えたおばあちゃんに肩をそっと触れようとしたその時、

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