「れいんすてぃっく? 雨の棒?」
しおりはほんまに直訳女やなって笑いながら、「なんかアボリジニの人たちが雨乞いの時にこれ鳴らすらしいねん、振ってみぃ」
わたしはレインスティックを左手に持って上下に軽く振ってみた。
「ほら、音するやろう。そこにいろんな植物の種が入ってるんやって。それがこすれあって雨みたいな音たてるから、お祈りとかしながら使うんちゃうんかなって思って」
百合子さんにそっと返す時レインスティックの中の植物の種がひそかにふれあって音を立てていた。
「よう考えたら、俺よりも百合子さんが持ってはるほうがぴったりやな思って。
植物を愛する人が雨乞いの儀式に使う道具持ってるってなんかええやろう?」
百合子さんは、何度もほんとにありがとねって嬉しそうにお礼を言ってそれを宙で揺らした。リズミカルに踊るように上下にそして左右にコミカルに鳴らす。目をつむって聞いていたら、ほんとうに雨が降っている音に聞こえてきて、ふしぎな気分になった時、出口にむかっておもむろに歩き出した透が、いきなり声にならない声で、うわって唸った。
静寂が突如破られたので、もうなに透? って言った時、<グリーン・サム>の屋根の上になにかが、ぽつんと落ちるのがわかった。
扉のところを出てコンクリートの地面を見ると、ちいさな雨粒がそこにまるくにじんでいた。
うそみたい。わたしの言葉にそやろそやろって興奮した透がすっげぇ、ほんまかいなを連呼して<グリーン・サム>の外に出て、空を何度も確かめるように見上げた。そして、てのひらを宙に浮かせては雨を確かめていた。
ほんまや。降ってきてるわって言いながら同じ言葉をなんども繰り返していた。さっきから一言も喋らない百合子さんをふとみると、「もう、透ちゃん、しおちゃんあんた達ったら」ってレインスティックを持ったまま静かにテンションが上がっていた。
そのことがあって一週間もしないうちに透は人助けの犠牲になって、亡くなった。観葉植物も雨も屋上もぜんぶ透の思い出でいっぱいでほんとうはつらすぎるのに、わたしはここを離れたいと思ったことはなかった。
みんな大げさだって笑うかもしれないけれど、たぶんここはわたしにとっての家みたいなものだった。大切すぎる人たちを失くしたわたしにとって<天神屋デパート>はまるごと家族だったのだ。
無性に百合子さんに逢いたくなって、<グリーン・サム>を久しぶりに訪れた。彼女はわたしに気づくとあらしおちゃん、どうしてた久しぶりねっていつもの笑顔で迎えてくれた。
手にはあのレインスティック。薄暗くなった屋上のライトアップが<グリーン・サム>の店内にもにじんできていた。
「百合子さん、もしかしてさっきの雨もそれで降らせたの?」
ふざけたわたしの言葉ににやっと笑いながら、ふしぎなもんくれんだからねぇ透ちゃんはって、今そこに透がいるみたいに言う。