ゴールドクレストの葉に霧吹きで水をかけているまるく婉曲した背中がみえた。百合子さんは人の気配に鋭い勘を働かせる。
「しおちゃん?」
名前を呼ばれてすこしびくっとして振り返ると、ねえあたらしいこれって、でっかい親指を立てて嬉しそうにわたしに訊ねてくる。
「そういう人まだみつからないの?」
その指は緑色に染まっている。懸命に土と庭を愛する人のことを緑色の指を持つ人、グリーンサムっていうらしいけど。彼女はまさにそうで、ほんとうに緑色に染まった指を持っていた。
「もういいの。そういうのは。それにまだ1年だしね」
わたしもたよりなげな親指をたててみる。
百合子さんはスプレーを空中に向けてミスト状の水を放ちながら、しおちゃん、透ちゃんのことでまだ一度も泣いてないでしょ、って言う。
「ちゃんと泣かないと、とつぜんこわれちゃうよしおちゃん。そのために49日とか回忌とかがあるのよ。あれはどう考えても生きてる人のためのものだわね」
葉の湿り具合を確かめながら、まるでその葉に声を掛けているように呟いた。
「おばちゃんね、よく透ちゃんの夢見るのよ」
「嘘?」
「あいつはほんまに薄情なんです。俺のために涙の一粒も落としてへんなんて。そんな涙ひとつぶぐらいねぇ、ケチなおんななんですわって」
「うそ? 百合子さんほんと? その夢」
「うそよ。いまのは。透ちゃんってこんな喋り方だったっけ」
百合子さんが下手な大阪弁で透の真似をしているのを聞いていたら少しだけこみあげてくるものがあったけど堪えた。
「老婆心ながらね、ちゃんと泣きなさい。透ちゃんの為に泣いたら先に進めるようになるんだから。ちょっと耳にいれといて」
わかった、ありがとうって言いながらも、まだぜんぜんわたしはわかっていないことに気づきながら、屋上の出入り口のドアに向かって小走りになる。
そんなわたしの背中に百合子さんは、しおちゃん、お昼休みあと7分しかないよ、急ぎなってちょっぴり仕事モードめいた声を掛けてくれた。
屋上のペットショップ<止まり木>のオウムも気まぐれに、ヒルヤスミオワリィっていつものだみ声で鳴いていた。
百合子さんは未亡人になってから、海のそばの駅の近くの<天神屋デパート>の屋上でグリーンショップを経営している。もともとはご主人が始めたものだった。それは30歳の終わりごろだったから勤続およそ40年ということになる。
店名は<グリーン・サム>。つまり緑色の指。