園芸をこよなく愛する人たちのことを敬愛をこめてよぶその店名に託した思いがよく伝わってくるような品ぞろえをしていた。
観葉植物の鉢やコンテナがたくさん並んでいる。
赤い如雨露でひとつひとつの花に話しかけながら水をやる姿は、デパートでもちょっと有名で、<屋上の百合子さん>って呼ばれてみんなから愛されていた。
<グリーン・サム>には昼休みになると若い店員からベテランの人までがやっ
てきてにぎわっている。たまにはもろもろの相談事を持ちかけてきたりして、百合子さんは花のこと以外でも大忙しなんだよ。そんなことをデパ地下の漬物屋さんの<若泉>の加藤のおじさんにきいたことがある。
彼女には、ふしぎな力を秘めているところがあった。婦人服売り場の馬場さんなんて、百合子さんがあてずっぽうに言った番号を、なにげなくナンバーズ3に記入したらほんとうに当たってしまったことがあったのだ。それ以来、百合子さん当たるんだよっていう噂を聞いた売り場の彼女たちが訪れるようになっていた。でも百合子さんはそのことは苦々しく思っていて、いまはそれらしい頼みだとわかると、ちょっと冷たくあしらったりしてもうやになっちゃうって嘆いていた。
百合子さんにはわたしのバイト時代からずいぶんとお世話になった。
<天神屋デパート>を知り尽くしている彼女は、わたしのバイト先であるサラダショップ<ベジルド>のチーフの性格などをこっそり教えてくれた。スムーズに職場での日々を過ごせるようにと、いろいろと知恵をつけてくれたのだ。
思えばわたしはこの<天神屋>に引き寄せられるようにたどり着いた。
夢の中でみたようなずっと前から知っているような、そんな場所だったのだ。
そして透も、おんなじようなことをかつて言っていた。
「このむかしむかしのデパートがな、ずっと俺の帰る場所みたいな気がしてくる時があるねん。とくに屋上。ちっちゃい頃よくここに通ってきててん。継チチとな」
透は幼いころ、お酒が大好きな養父に育てられていたらしい。
「継チチが、買い物してる間に、俺はあのメリーゴーランドに乗ったろうって思って、たどり着いた途端に、雨降ってきてん」
その話を透がし始めた時、わたしはじぶんの記憶のようにそれを聞いていた。
わたしは幼かった弟、成とここに来て同じようにミニメリーゴーランドに乗ろうと思っていたら、天気予報になかった突然の雨が降り出して来たことがあった。成はちぇって言いながらそれでも「乗ろうぜ」って言ってわたしの手を引っ張った。その時、雨合羽を着た係員の人に、「ごめんね、ボク。雨降ってきちゃったからね。晴れたらまたおいで」って止められたことがあった。
幼かった透の向こう側に、ちがう親戚に引き取られて逢えなくなった弟、成の姿をうっすらと重ねながら聞いていた。
その時、わたしと成は、濡れたメリーゴーランドを見ていた。
馬が泣いてる。からだぜんぶで泣いてるって呟いたと思ったら、成の眼からも、大粒の涙が頬を伝っていた。
大学を卒業してすぐ透と付き合いはじめてから、永遠に逢えなくなるまで、ふたりの待ち合わせ場所はここ<グリーン・サム>だった。