<ベジルド>のブースは最近リニューアルされて、すこしだけおしゃれになった。フレッシュな野菜ジュースをイートインで飲めるようになったせいか、客足も若干若返ったのだ。
<朝から野菜を食べよう>キャンペーンの一環で、フライメニューは減って、サラダの種類が増えている。
チーフの三宅さんが今日は午後から本社に出張らしく、仮のチーフが赤尾さんになった。彼女は主婦だけれどフルタイムで働く。地味で頼れる先輩だった。何か失敗したときの注意のされ方が、ストレスを感じなくて済むのが助かった。
家の中でも夫や子供にこんな柔和な諭し方をするんだろうなと、想像した。
ブロッコリーとエビを低カロリーのマヨネーズ入りの黒酢であえたサラダを作ろうとしていた時<湘菜市場>の津田シマ子さんがやってきた。
「しおちゃん、しおちゃんちょっとこれみて」って声を掛けられた。
赤尾さんは津田さんに視線だけで挨拶をする。
「準備時にごめんね。しおちゃん今日来たキュウリとトマトなんだけどね、ほら切ってきたからちょっと一口食べてみて」ってわたしの口元に無理やり押し込む。
はじめはキュウリだった。
津田さんはわたしの顔をおもむろにそれでも厳しく凝視する。
口の中で涼しさが広がってとてもみずみずしかった。歯ごたえもなんだかしゅっと歯が沈むのではなくて、とても弾力がある。
「どう?」
わたしは青い香りの残る舌を感じながら、津田さんに感想を喋る。
「そうでしょ。でしょでしょ。よかったぁ。しおちゃんがいちばん美味しそうに食べてくれるからさ、その笑顔みてたら安心できんのよ。何本か残しとこうか。塩もみして茗荷と合わせたらすぐ食べれるでしょ」
「いつもすみません」
「いいのいいの」
そういうと、津田さんは<ベジルド>の店内をざっとみまわして、それにしてもここはおしゃれになったわねぇ。ここのおかげでうちもお客さんが流れてきてくれてるから、助かってるのよって言いながら、次はトマトよってわたしの口に放り込んだ。
シマ子さんのやさしさは、透を失ったあの日からずっと点と点でつなげられるぐらいにわたしの中に通奏低音のように心の底に響いていた。
屋上で<ジョアンナ>のサンドイッチをバイトの山根君といっしょに食べた。
ふと<グリーン・サム>の百合子さんを目で追ったけどいないみたいだった。
<ベジルド>に戻る途中で、館内放送が<雨に歌えば>に変わっていた。